生恋し心恋し | ナノ

「総ちゃん、この前はお友達を連れてきてくれたけど、きっと彼女もいたりするのかしら?」

柔らかに笑いながら、もう18歳だものね、と言葉を続ける姉上に、俺は、そうみえますか?と笑い返した。

「なんとなくね…総ちゃん、すごくかっこよくなったし…」
「そうですか?嬉しいです」
「ふふっ、でも昔から女の子より剣に興味があったものね」

そこはちょっとだけ心配ね、と続ける姉上は、前髪の影が少しだけ目に掛かっていて、少し不安げな顔に見えた。
昔から迷惑を掛けてばかりなのに、これ以上、どんな些細な心配事でも増やしたくないと思い、俺はつい、いますぜ、と言ってしまった。

「…え?」
「彼女、いるんですぜ」

そう言うと、まぁ!と姉上の顔が明るくなり、嬉しいけどちょっと寂しい、と微笑みながら目を細めた。
俺はその表情にほっとする。

「今度、ぜひ会いたいわ」
「勿論ですよ、僕も早く姉上に紹介したいです…明日にでも、一緒に会いましょう」
「まぁ、嬉しい!楽しみね」

喜ぶ姉上に自分も口角を上げながら、どうしようか、と頭をフルに回転させ、考えを回す。
さて、言ってしまった。
後にも先にもそんななんて事実ねェ、やっぱりそこら辺で適当に女捕まえるしかねぇか。
メンドクセー、と溜息をついた時、不意にちら、とこの前、姫様のお出掛けの護衛を任された日のことを思い出した。
頭に出てきたのは、あの、今は呉服屋にいる、ホームレス女。
(…それしかねェ)
女誑かして連れてきても、後であーだこーだ言われたらかなわねェなと思う。
やはり連絡先を知っているやつの方が後々困らねェだろうし、それにあいつ、あのホームレス女は、変な腐れはなさそうだ。

俺は姉上に、ちょっと電話してきますね、と席を離れる。
そして携帯を取り出し、"朝木日向子"と登録された名前を押した。





「姉上、彼女の朝木日向子さんです」
「…こんにちは」

私は引き攣りそうになる頬を、なるべく自然な笑顔になるよう意識して微笑んだ。
居る場所は病院。
目の前には、何を隠そう、沖田さんの姉、ミツバさんがいる。
おしとやかに笑う姿は、やはり姉妹、美しい。
じゃなくて。
さて、なんでこんなことになったのか。
始まりは昨日突然来た沖田さんからの電話だった。


「すいやせん。明日、暇ですかィ?」

突然の着信。相手をみれば沖田さん。
驚きつつ電話に出れば、第一声はそれだった。
聞けば、1日だけ彼女のフリをしてくれないかということ。
物凄く驚いたが、あんま女の連絡先なんて登録してないでねィ、頼れるのがあんたしかいないんでさァ、と言われ、渋々了承した。
承諾してくれなきゃ呪いまさァなんて思ってないですぜ?なんていう彼に怖じ気付いたから了承したわけじゃないよ決して。

と、まぁそういうことで、今に至るのだ。


「まァ、可愛い女の子!総ちゃんったら、いつの間にこんな可愛い子とお付き合いしてたの?」
「恥ずかしながら、最近付き合ったばかりなんです…」

敬語で話す沖田さんは、なんだか新鮮。
というか可愛いって、こんな美人に言われてもなんか悲しいのは何故だろう…
ぼうっと遠くを見つめていたら、日向子ちゃん?とミツバさんに声を掛けられ、ぱっと彼女の方を向く。
漫画だと、今はミツバ篇なのだろう。
2人の会話の中にちらりと"坂田さん"という名前が出てきたから、沖田さんが銀さんを親友だと紹介した後らへんなんだろうな。

「すみません、ぼーっとしちゃって…」

いいのよ、と笑ってくれるこの人がもうすぐ死んでしまうのか。
そう思うと、胸の奥の辺りがきゅんと切なくなる。
ちらりと沖田さんの方を見たら、一瞬、少し切なそうに瞳が揺れた。

それから暫くたわいもないお話をして、ミツバさんの体を労わって今日はもう帰ることにした。

「日向子ちゃん、今日はありがとう…ぜひ、また来てね」

帰り際、ミツバさんは柔らかい笑顔でそう言った。
病院のベットの上の白い肌が透けるようで、笑顔もどことなく儚さを纏っていた。
もう永くはない。
今日初めて会ったばかりなのに、そう思うと胸が締め付けられる。
漫画とは違うリアルな事実に、何も出来ない私が苦しかった。


「今日は、わざわざ、ありがとうごぜぇました」

病院の入口まで送ってもらった時、沖田さんはそうぽつりと呟いた。
俯きがちな顔、見えない表情。
でも私は何をすることもできない。
私は彼のことを、まだ殆ど知らないのだから。

「彼女のフリなんてめんどくせェこと、引き受けてくれて助かったでさァ」
「いや、そんな…今日は私も楽しかったです」
「また来てやってくだせェ」

不意に、沖田さんとこんなに話したのは初めてだな、と思った。
彼と話すと、漫画とは違う、新しい一面を見つけてばかりだなぁ。

「勿論、また来ますね」

そう言って私は病院を背にし、ミツバさんの笑顔を思い出しながら、帰路についた。



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