一花心の夢 | ナノ

私はもうすぐ結婚する。
それは、名家の娘として生まれた私にとって、宿命のようなものだった。
嫌な訳ではない。
家柄がある娘としては、今までかなり好きなように生きさせてもらった。

だけど、結婚することに、心残りはある。
私はあの人が、彼が、…土方さんのことが、好きだから。





土方さんに初めて出会ったのは、二年前の夏だった。

丁度今と同じ夏の終わりの匂いが鼻を掠める時期、偶然見かけた季節外れの美しい蝶を追いかけていた時である。
さっきまで追いかけた蝶はある道場まで私を連れていき、いつの間にか、姿を消してしまった。
辺りを見渡しても、どこにもいない。
けれど、代わりに私の目に入ったのは、滴らせた汗を拭く事もせずにただ無心に剣を振る、土方さんだった。

「っは、はっ、」

長い黒髪を一つに括り、前だけを見据える彼の姿に思わず心奪われ、気づいたら見つめていた。
お前、誰だ、と土方さんの声が聞こえてやっと見とれていた自分がに気付き、すみません、と謝り事情を説明した。
始まりはそこからだっただろう。

それ以来、私は土方さんによく会いに行くようになった。
近藤さんや総悟さん、ミツバさんともよくお話をするほどに仲良くなり、何より土方さんとの距離が確実に狭まった。

けれど、そうやって過ごしていくうちに、ある時私は気付いてしまったのだ。
私は土方さんが好きだと。
悲しいことに、それと同時に土方さんとミツバさんは想い合っているのだと。
絶望の淵に落とされたような気分だった。
土方さんの自分に対する、友情とも愛情とも近う感情に悩んだりした。
ミツバさんと私、きっと土方さんにも葛藤があったのだと思う。
また、ミツバさんがいけなれば、と思ってしまったこともあった。
そしてその度、自分は最低だといやになる。


思えばこの二年間、そんな感情のループばかり繰り返し、繰り返し。
けれど、それももう終わりだと思えば、心が少しばかり楽になるような気がした。

ただ、最後に、会いたい…

そう考え、でもそうしてしまえばきっと忘れられなくなるから、と思い直して、土方さんには何も言わずに行こう、と心に決めた。
近藤さんにだけ、伝える。
総悟さんやミツバさんには申し訳ないが、2人にまで知らせたら、私が行く前に土方さんの耳に届いてしまうかもしれない。
それでは、彼に伝えない意味がない…

みーん。
夏の終わり、一人ぼっちの蝉が鳴く。
まるで、死に急ぐように。
私はその姿に自分を重ね、いっそ私も死んでしまいたいと思った。