小説 | ナノ

これはあなたのための嘘


「ねー、新八くん。私、好きな人出来たの」

銀さんも神楽ちゃんもいない静かな万事屋に、私の声はやけに大きく聞こえて部屋の隅っこにまで響いた。
眼鏡越しに見える彼の黒目は震えていて、動揺しているとすぐに分かる。

「そうなんですか。叶うといいですね、僕、応援します」

にこりとした笑顔は、咄嗟に作ったものとは思えぬほどの出来栄えで、純粋に凄いなぁと感心した。
彼は意外と表情を作るのが上手だということは、きっと私だけが知っている。
独り占めしているようで、それが堪らなく嬉しくて目を細めた。
だって彼はいつも素直で、だけど私のことが好きだから、私にだけは本当を隠した顔を見せる。
彼を支配しているような、なんとも言えない特別感が私を痺れさせるのだ。

「ありがとう、新八くん」
「いえ…僕、お茶淹れてきますね。そろそろ銀さん帰ってくると思うから」

彼はそう言って、台所へと早足で歩いていく。
一度も視線を合わさなかった。
それが少し寂しくて、胸の奥ら辺がズキズキと痛んで仕方ない。
私だけを見ている彼が嬉しくって、辛いよ。
私も馬鹿だなぁ、と自嘲じみた笑顔で開放された窓へ目を向けた。
通りには平和ボケした人々が行き交って、なのに彼と私の間には大きな溝が出来ていて、心の中にぽっかりと穴が空いたような気持ちになる。
さんさんと照る太陽は目を開けていられないほどに眩く、暖かいのに咎められているような気分にもなった。

「ごめん、新八くん。やっぱ、銀さん帰ってくる前に帰るね」

その言葉に、返事はない。
だけど万事屋の戸を閉める一瞬前、うっ、と聞こえた彼の嗚咽が耳にこびりついて、まるで一歩踏み出す事に刻み込まれていくようだ。
すれ違う人並みに置いてかれるような錯覚がして、いつも通るこの道が怖くなった。
じわり視界が滲んでいく理由を私は知っている。
そしてその理由は私の心に穴を開け、甘く苦く痺れさせるのだ。

「あれ、名前ちゃんじゃん……なに、どうした、どっか痛いの?」
「っ、なんでもないんです。ありがとう銀さん…」
「…そうか。明日、目ェ腫らさないように冷やしとけよ」

優しい銀さん。
きっとこんな人の元にいるから、素直で優しいんだよね。
私みたいな人間と一緒に居たら彼は駄目になってしまう。
私は私を理解しているんだ、と自分の心に言い聞かした。
今の私はまるで滑稽な道化だ。
独り占め出来る彼の表情はとても嬉しいけど、このままじゃ貼り付けた表情が癖になってしまう、私みたいに。
彼を独り占めするには、私は狡すぎた。

「あー、好きな人作ろ。有言実行しよ」

呟いた言葉は独り言にしては大きく、言い聞かせるような声だった。

彼は知らなくていい。

「名前さん」

ほんのり頬を赤らめながら私の名前を紡ぐ彼を、私がどれ程愛おしいと思っているのかなんて。



title by るるる