2年中盤の今まで出会わなかったのが嘘のように、私は芥川先輩と頻繁に出会うようになった。すれ違うたびになにやら話しかけてくれ、殆ど跡部様と丸井さんとやらの話しをした。友人曰わく、私達は何を言っているのかわからないらしい。私達はこんなに伝わり合っているのに、何でだろう。

丸井さんとやらは、芥川先輩の神さまだった。つまり私にとっての跡部様に近いようだった。テニスのプレーがすごくて、しかも格好良くて性格もいいらしい。私は跡部様の性格を詳しく知らないから、ずるい。しかも芥川先輩は丸井さんとメル友らしい。そういう接し方もありなのか、と私は密かにショックを受けた。

「はぁ…」
「…人の顔を見てため息は止めろ」

そんなことを考えている今は、4人一組のグループ授業の最中だ。正面には日吉くんが座っており、この状態でため息をつくと、否応なしに日吉くんの顔を見てため息をつくことになるのだ。不可抗力だ。

「芥川先輩がね、丸井さんと仲良しなんだって」
「…それがどうした」
「だって尊敬してるんだって言ってたのに…仲良しにもなれるなんて」
「…」

日吉くんはフンと息を吐いただけで、特に返事はくれなかった。冷たい。

「私、跡部様と仲良しになろうなんてちっとも思ったことなかったの。無理だろうけど、その発想が無かったこと自体に反省」
「無理だと思うなら無駄だろ」
「ううん。努力することは無駄じゃないよ」

芥川先輩ってすごい、とため息交じりに言うと、やっぱり日吉くんは顔をしかめてため息を止めろ、と言った。

「ため息は嫌いなんだ」
「なんで?幸せが逃げるから?」
「そんな迷信誰が信じるかよ」
「じゃあなんで?」
「悔しさを逃がしてるようで癪だろ。口から出すより、それをバネにして行動したほうが良い」

跡部様、ここにもすばらしい後輩がいます。

私は目をパチパチさせて日吉くんを見た。ほわ、と漏れそうになった息を慌てて手で受け止める。

「…なにしてんだ」
「息、ださないようにね…!」
「アホか。それはため息なのかよ」
「ん!?違うね!?」

パッと手を離した私を見て、日吉くんは珍しく少し目じりを下げて笑った。あ、ちょっとかわいい。それから、跡部様とか、芥川先輩とか、お兄ちゃんの友達とか、お父さんとか、私が尊敬する人達がため息を吐く姿を想像して、ブンブンと頭を振る。誰一人として全然似合わない。私の成長のカギはため息にあったのかも。

「芥川先輩や跡部様はため息つく?」
「…しらねぇよ」
「思いだして!!」
「………つかないんじゃないか?」

やっぱり!

興奮したまま、跡部様手帳を取りだし、そこに大きく「ため息禁止」と書きこむ。これで一つ跡部様に近付けたかもしれない。日吉くんにありがとう。とお礼を言うと、何に対する礼だ、と呆れたように首を振った。もしかしなくても、日吉くんって良い奴かもしれない。

「お前、芥川さんの話もするようになったな」
「ん?跡部様フレンズだしね」
「ふ〜ん…俺はてっきり、芥川さんに乗り換えるのかと思った」
「乗り換え?」
「ストーカー業」

一緒のグループの2人がぎょっとして日吉くんを見た後、私を信じられないものを見るような目でマジマジと眺める。唖然として言葉を失った私は、その視線でもって正気に戻り、慌てて誤解だということを2人に伝えた。

「もー!せっかく見直したのに!」
「フン、お前に幻滅されたところで痛くもかゆくもないな」
「キーー!!」

頭をはたこうと伸ばした手は見事に空振りして、私は机に突っ伏した。日吉くんは私の姿を見降ろして、サル、と小さくつぶやいた。聞こえてんだよコノヤローー!!

「日吉と一徳って仲良かったんだな」
「はぁ?」
「あんまりしゃべってんのみたこと無かったから」
「うん、まぁ最近?仲良いよね?」
「それこそ誤解だ」
「日吉このやろう」

あれ、仲良しだと思ってるの私だけのパターン?恥ずかしいじゃねーか。むっとしていると、日吉くんの隣に座っていた男子(宮森くんという)が日吉くんを小突いてニヤニヤと笑った。

「日吉って素直じゃねーもんな」
「だよね!わかる!」
「おい…」
「照れんなよー!」
「よー!」

完全に悪乗りモードの私と宮森くんに、私の隣に座っていた女子(西上さんという)が静かに口を開いた。

「課題、あと10分で仕上げなきゃいけないんだけど」

ハッとして目の前の模造紙を見つめる。白い。
他の班を見まわすと、色とりどりの文字が模造紙の上で踊っている。

「ご、ごめんね…!」
「もう少し早く教えてくれよ!」
「あら、私も楽しかったからいいかなって…」

西上さんがふわりとほほ笑む。そういえばここはお嬢様学校だったな、と改めて認識した。優雅だ。

「ったく…」
「日吉くんも楽しかったでしょう?」
「俺が?…まさか」

西上さんが驚いたような仕草で口元を覆う。それに対して、日吉くんは露骨に嫌そうな顔をして、何だよ、と西上さんに問うた。
課題をやらなきゃいけないのに、なんだか目を離せない。日吉vs西上…。

「課題のことなんか頭に無くなるくらいだったんだから、楽しかったのでは?」
「なっ…!」

カァ、と日吉くんの頬が染まる。そうだよね。嫌だったら、とっくに課題に話題振ってるよね。勝者は西上さんのようだ。
日吉はトン、と両こぶしを机につけ、震えながら俯いた。

「…下剋上だ」
「!?なにそれかっこいい」

思わず食いついてしまったことで、結局課題は5分で終わらせることになった。
その5分クオリティの壁新聞が廊下に貼り出されるはめになり、約1ヶ月の間恥ずかしい思いをしたのはまた別の話だ。

課題は真面目に取り組む、がその日の跡部様手帳の教訓欄に加えられた。


130217
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