11月の始めにあった席替えで、今度こそ仁王と席が離れた。仁王と丸井くんは席が近くて、つまり私はクラス内でテニス部と接点がなくなった。日課になっていた昼休みの書道教室も幸村が倒れた次の日に真田が来なかったのでそれ以来行っていない。それについて真田に咎められることもなかった。

「あんた最近元気ないね」
「ちょうげんきじゃん…」
「ふぅん…」

嬉しい出来事といえばまゆちゃんと席が近くなったことくらいだ。まゆちゃんとは仲いいけど、特に私に執着があるわけじゃない(と思う)ので詳しいことは聞いてこない。ただ一緒にいるにあたって私の今のテンションはうざいのかそっと居なくなることがしばしばあった。中学生にしてはドライなやつだと思う。そして今もなんにも言わずに他の女子のいるところにふらっと近寄っていった。

「でもそこが好きだよまゆちゃん…!」
「朝霞独り言か〜?」

今回隣の席になった野球部の大利根はもう11月だっていうのに真っ黒な腕を半袖のTシャツから惜しみなくさらけ出している。見てるだけで寒い。

「朝霞さ〜仁王と仲良かったじゃん」
「うん?席が近かっただけじゃん?」
「そっかな。先月くらいからやたら仲よかった気がしたんだよなぁ」

そうだったらよかったと思う。仲良くなりたくて絡んでたんだしな。今は席離れちゃったしあんまりだけど。相変わらず窓際の仁王の席にちらっと目を向けると、サッカー部の和田くんが座って前の男子と話していた。緊張してた身体が、少し緩むのがわかった。視線を大利根に戻す前に、大利根は朝霞さ、と口を開いた。

「仁王のこと避けてね?」
「…は?」
「仁王っつーか、なんて言うんだろう…みんなのこと避けてね?1人でいること多いじゃん」

びっくりした。そういえば最近しゃべる回数が減ったなとか席を立つ回数が減ったなとか漠然と思っていたけど、自分から避けてて、しかもそれを仲良しとも言い難い男子に指摘されるとは。

「避けてるかな?」
「俺にはそーみえた。自覚ないなら勘違いかも。別に人と話すの嫌なわけではない?」
「うん」
「じゃあ俺話しかけてもいい?」

その言葉にこくりと頷くと、大利根は白い歯をニッとみせてラッキーと笑った。そっか。テニス部以外と話しをするのも手なのかもしれない。この一ヶ月ずっとテニス部のことばかり考えていたし。

「真田と付き合ってるって噂あったけどさ、俺は仁王じゃないかなーって思ってたんだ」
「どっちも違うんだけど」
「え〜じゃあ誰だよー!」
「いないって」
「えっまじで?」

大利根はへぇ〜ふ〜んとわざとらしく相槌を打って、そういえばさ、と話題を変えた。私もいつまでもこの話をしてたくなかったからちょうどよかった。大利根の話しにうんうんと相槌をうちながら改めて寒くないのかと心配になった。私はもうセーター常備だ。

「寒くない?」
「全然!俺より足出してる女子のが寒そー!」
「結構慣れるもんだよ。タイツあるしね」

えぇ、あんな薄そうなのに?って驚いてる大利根の向こうで、何人かの坊主がニヤニヤしながらこっちを見てるのに気づいた。確かみんな野球部だったかな。そう思って大利根を無言で小突いて指さすと、ビキリと固まってからすぐに「お前らなー!!」と握り拳で飛びかかっていった。その頬は赤く染まっている。あれ、もしかしてそういうことなの?つられて少し頬が熱くなって、ちょっと騒いだ心臓を抑えるように息を吐く。

野球部の面々が大利根をからかうように小突いた。声がでかすぎてクラスにいた皆が野球部に注目していた。

教室をぐるっと一周見渡して、ドアのところにいた仁王と柳に目が止まる。

ドキリ、

なんで、こっち見てるんだ。

今見るべきは私じゃなくて大利根だろう。少なくとも私じゃないだろう。2人の視線にいたたまれなくなって、私はさっさと黒板の方を向いた。露骨すぎたかな。さっき大利根に言われた「避けてね?」が脳裏をよぎる。そんなつもりはない。あんなに見られたら誰でもうっとおしく思うに決まってる。

でも、もしかすると露骨に目をそらしすぎて絡まれるかもしれない。

そんな心配をよそに、授業開始のチャイムが鳴るまで私は大利根以外に話しかけられることは無かった。

よかった、と思ったことにギクリとする。なんだ、やっぱり避けてたんじゃん。

いらんことを気づかせてくれた大利根には私の大嫌いなきなこもちのチロルをあげておいた。バラエティーパックに入っていた私の天敵だ。大利根は私の気持ちも知らずに、大袈裟に「俺これ好きなんだー!」と目を輝かせた。

それはよかった。私は彼のおかげで八つ当たりの嫌な奴にならずにすんだ。


120805
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