あれから仁王に「真田と噂になっちょる」と聞かされて、改めて周りを見てみれば確かに最近視線が痛い気がした。なんだかこれは真田のことを好きな女子と、真田にすごく悪いんじゃないだろうか。少し気をつけようと思う。意識してやったことでもないから難しいかもしれないけど。真田に習字教えてもらうの楽しくなっちゃってるし。

とはいえ当初の目的の幸村くんと接触する、はまだ達成していない。兆候さえ見えない。もう今月も半分以上すぎたっていうのに。どうしたものか…

「どうしたものか…」

目の前で点滅するランプを見て唸る。ミルクティーかビックルか、今の悩みは専らそれだ。同時押しという手もないでもないがいつもだいたい人差し指の方が反応するから良くない。

「えい」
「え、あっ」

ガコンと音がして飲み物が下に落ちたことを伝える。選ばれたのは綾…じゃなくファンタグレープ。でも私まだ押してない。好きだからいいんだけど、と多少不服に思いながら振り向くと幸村精市が柔らかく笑いながら後ろに立っていた。もう一度言おう。幸村精市が、だ。

「あんまり遅いから押しちゃった」
「はぁ…」
「嫌?それなら赤也にあげるから買い取るよ」
「いえ」

好きです、とだけ言って、勝手に取り出し口に手を伸ばしていた幸村精市からジュースを受け取る。最近こっちから働きかければ案外なんでもうまくいくもんだなぁと思ってたから、いずれ幸村くんとも接触できるだろうとは踏んでいた。だけどまさか向こうから来るとは予想外だ。すごく驚いている。

「お前、俺が飲み物買うとこみてて楽しいの?」
「いや、別に」
「変なやつ」

確かに。それより、また初対面の人にすごいこと言われてる気がする。私からすれば幸村くんも丸井くんも初対面じゃないからいいかな、って気がしちゃうけど、実際めっちゃ失礼じゃないだろうか。まあスーパー生意気中学生の越前リョーマがいる世界だと思えばこんなの序の口なのか。

「だから何?」
「えーと、何買うのかなぁと…」

へらっと笑って幸村くんの顔を見ると、超迷惑ですと顔にでっかく書いてあった。良好な、関係を、築きたかったのに…!!

「なーにやってんじゃ」
「わ」
「仁王」

よ、と片手をあげて幸村くんに挨拶したのは仁王だった。私の髪を空いた手で掻き乱して、ポンポンと叩く。

「幸村に絡んでる女子がおると思ったら朝霞か」
「絡んでない!」
「知り合いなの?」
「クラスメートなり」

幸村くんはふぅんと興味なさげに呟いて、踵を返した。
引き止めるべきだろうか。でも下手に動いてうっとおしがられるハメになったら逆に接触しづらくなるかもしれない。そんなことを考えてるうちに幸村くんの背中はすっかり見えなくなってしまった。結局名前も名乗ってないし、ガッカリだ。

「…罪な女じゃのう」
「え、何それ」
「俺らと接する時はいつも気がありそうに見える」

そう目を細めながら言われてドキリとする。たしかに浮かれていたかもしれない。というか好きなマンガのキャラが目の前にいて浮かれるなってほうが無理だ。でもテニス部フェチの女に取られてもおかしくはない。それは勘弁だ。

「あの、仁王…」
「ええんじゃ、わかっとる。本気で俺らのこと狙っとったらもっと可愛く見せようとするもんじゃ」
「…何気失礼じゃね?」

プリ、とまた意味の分からない言葉を吐いて仁王も背中を向けた。暗に可愛くないと言われた気がする。可愛くみせようとは思ってないけども、私だって女子だから多少は気にするんだぞ。

教室に戻ってまゆちゃんに開口一番におっせーよと言われたから、精一杯可愛くごめーんとハートをつける勢いで言ってみた。まぁ当たり前に不評だったのだが、席に戻った時仁王が肩を震わせて笑っていたので、そこは殴っておいた。譲れないところもある。

授業が中盤に差し掛かり、先生に指されたところでここぞとばかりに可愛さを意識した返答をしてみた。極めつけに自分史上最強の笑顔をお見舞いしておく。先生もメロメロだろうとない胸を張ってみたが、先生は極々真顔でこうのたまった。

「お?なんだ朝霞具合でも悪いのか?」

なんでそうなる。
私の笑顔は体調不良患者の顔と同等らしい。しまいにゃ泣くぞ。

品行方正を絵に描いたような私には流石に先生を殴ることはできないので、とりあえず突っ伏して肩を震わせているまゆちゃんと、吹き出した仁王には後で鉄拳だな。

授業の間に拳を磨いていたら先生に「やっぱり保健室いくか?」と再度聞かれた。泣きたいけど、どうせだからサボることにした。

品行…方正……


120802
- ナノ -