10月も14日を数えた。自分が、というより日常がおかしいと自覚して2週間になる。まだ幸村が倒れたという話は聞かなかった。そしてまだ、私は幸村と話さえしてない。別に倒れる前に話しかけた所で何にもならないが、そこは気持ちの問題だ。倒れるときにキャッチできればいいなーとか、お見舞いに気軽に行ける仲になっときたいなーとかその程度の願望で、私の自己満である。それに幸村は治る。それだけは自信を持って言える事実が、自分自身の救いだった。

「考え事をしているな」
「えっ」
「字は心だ」

最初よりも少しうまくなった風という字が半紙にでーんと書かれている。私の煩悩がここに現れているのだろうか。それは恥ずかしい。

「お前は止めが甘いのだ。ここはこう止める」

真田の手が私の手をすっぽり包んで、私のへったくそな風の上をなぞる。ゴツゴツしてて堅い手だ。幾分か風が修正されて立派に見えた。

それよりさっきからドアの向こうがうるさい。真田も気がついているようで、時々眉を顰めてドアを睨んだ。

「全然集中できないぞ、真田」
「うむ」

こりゃダメだ。筆を置いて、一息つこうかと思った瞬間に「俺かよ!」というでかい声が聞こえた。この台詞にこの声。ジャ、

「静かにせんかー!!!!」

カル、と思いきる前に真田の大声に思考をさらわれていった。後ろにいたはずなのにドアのところにいる。風か。風なのか。ゴッという痛そうな音がして、しばらくしてから3人がスゴスゴと教室に入ってくる。なぜだか真田は少し嬉しそうだ。

「朝霞、こいつらが一緒に習字を習いたいらしい」
「え、」

目の前のカラフルな頭をマジマジと見つめる。なんつー言い訳をしたんだこいつら。ジャッカルくんはおそらく巻き込まれただけだろ。可哀想に。ジャッカルくんが私の横に腰掛けて、すまんと片手をあげて謝ってきて、仁王は後ろから私の椅子をガンガン蹴った。ジャッカルくんに謝らせんなよ。なんなんだよ。

「お前字へったくそだなー」
「うるさい丸井。お前もだろ」

なんで書いてねーのにわかんだ!と頭を叩かれ、筆から半紙に墨が飛ぶ。あ、この野郎。私のモチベーションが。白い半紙に書くのが楽しいのに。こいつらマジうるさい。丸井は口がうるさいが、仁王は行動がうるさい。よく見るクールでかっこいい仁王くんはどこにいるんだろう。海よりも広い私の心も限界を迎えたので、真田になりきって風を書いてみることにした。

「でぇい!」
「む!素晴らしいぞ朝霞!」

コツは真田になることだったらしい。2週間近くかけてやっと風は合格点に達することができた。喜びをジャッカルくんの頭を撫でることで表そうとしたけど、慌てて手を引っ込める。初対面だった。

「私、朝霞由紀というんだ」
「え?あ、俺はジャッカル桑原だ」
「あの、頭触ってもいいですか」

よろしく、を省いてしまったことに後から気がついたが今更だ。きっとジャッカルくんは許してくれると思う。こんなん丸井のわがままに比べたら月とスッポンだ。思った通りジャッカルくんは苦笑いしながらもOKしてくれた。真田が変な顔をしているがたぶん呆れてるんだろう。

「改めてよろしくジャッカルくん」
「おう。撫でながら言うな」

そう言っても振り払わないところが一味ちがうよね。うんうんと一人で頷いていると、ジャッカルくんはそういえばさ、と切り出した。

「お前ら付き合ってるってマジか?」
「私と…誰さん?」

ジッと見てるのは私のことなので「お前」が指すのは私なんだろうけど、「ら」ってなんだろう。きょとんとしているとジャッカルくんが「真田」と言葉を発した。

「む?」
「私と真田か」
「その様子だとちげーんだろうな」
「うん。違う」

ジャッカルくんが何かを言う前に後ろの二人がなんだよ〜と落胆したような声を出した。なんだよってなんだよ。真田も真田で理解してないようで首をしきりに傾げている。

「俺と朝霞がなんだ?」
「なんでもねーから気にすんな」
「む」
「じゃあさ〜、なんで朝霞は真田のジャージ着てたわけ?」

斯く斯く然々と説明するとまた、なんだよ〜と落胆した。私と真田に付き合っててお前らに何か得があるのか、と文句を言いたいところだがめんどくさいので黙っておくことにする。しきりに仁王が椅子を蹴ってきてかなりうざい。キッと睨みつけるとプイとそっぽを向いた。

「つっまんねーの」
「別に君を楽しませたくて存在してるんじゃないんだよ」
「…お前生意気だな」
「すいませんね」

丸井くんと話したのほぼ初めてなのに凄い言われようだぞ私。なぜだか仁王がニヤニヤしながらこっちを見ていた。

「朝霞、次は林だぞ」
「なるほど風林火山か」


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