「ただいまぁ」
家に帰ると専業主婦の母親が迎えてくれて、弁当箱だしなさいとすぐに言われる。うん。いつもと変わらない。手を洗って鏡を見て髪をほどく。うん。いつもと変わらない。部屋に入って真っ先に本棚を確認する。少女マンガ、マガジン、雑誌。うん。変わらない。
「あれ?テニプリは?」
テニスの王子様があったはずのところには、野球マンガが収まっている。いや、ちがう。これもここに収納してた覚えがある。でもここはテニスの王子様が…
「はぁー!やっぱ訳わかんない!」
混乱はするけど違和感があるわけではない。全部日常のまんまな気がするけど、仁王がいて丸井がいて幸村がいた。日常のはずがない。家にいるとさっきまでのことが夢だったんじゃないかと思えてくるけど、携帯を開けば仁王雅治という文字がしっかり刻まれていたり。
「んんー…嬉しいような気味悪いような…」
他の学校もあるのかな。
そう思ったらいてもたっても居られなくなる。青学も氷帝も山吹も六角も四天も比嘉もある世界かもしれないんだ。自覚した今行かないでどうする!行こうそうだ!
「260円…」
財布の中身を机に転がして落胆する。そうだ。お小遣い日は15日だ。
「おかぁさぁん…東京行きたい」
「あら、いいわよ」
「え!本当!?」
「再来月お父さんが東京に泊まりだって言ってたからあんたも一緒にいってらっしゃいよ」
再来月かよ!と毒づくと、口が悪いと頭を叩かれた。何はともあれ再来月には行けるのか。その間に立海の人達を見るのをコンプリートしといてもいいか。いきいそぐことはない。私の人生の中に彼らがいただけで、あっちに行ったこっちに来たとはまた違うんだし。たぶん。
「東京タワーでも見るの?」
「あーいや、学校見たくて」
「あんた立海上がんないの」
「行くけどさ…」
高校じゃないんだお母さんごめん。高校か。そう思うとこの時期に気がつけてよかったかもしれない。原作の範疇だし、事前にできることはきっとある。中学2年生の10月。まだ時間はある。
「あ!!?」
中学2年生の10月。大事なことを忘れていた。
幸村が、倒れるのって…何日だ?
背筋が冷えた。なんでこんなこと忘れてたんだ。この時期に気がつくなんて遅すぎる。
幸村と仲良くもないし、ましてや医学の知識があるわけでもない。医者に行くことを勧めるにしたって、不信すぎる。何ができるんだ。私に。何が。
「んあー!考えるのやめ!」
私には何もできない。割り切るしかない。私があんた病気になるよって言っても信じてもらえるかどうかだし、信じてもらえても幸村の絶望を早めるだけだ。私が今言ったところで意味がないんだ。
ってわかっててもやっぱり、悔しいな。
「せめてもう少し早ければ…こんちくしょう」
フラフラと部屋にもどりベッドに身体を放り投げる。ウーウーと唸っていると、耳元で同じように携帯のバイブがウーウーと鳴った。
「仁王雅治………ハハ、なにこれ」
ピヨとだけ書かれた既視感のあるメールが来ていた。気まぐれで送ってくれたんだろうけど、なんだか励まされた気分だ。
即座に返信してから、部活が終わった頃かと納得する。こんな時間まで大変だな。だからこそ、勝ってほしい。なんとかしたい。今までの記憶とマンガでの記憶が交ざあって、悲しかったり切なかったり。
ボーっとしてると、また携帯が唸って予想通りの返事が返ってくる。今頃仁王真っ赤になってるんだろうなぁ。
>お前私のこと好きなの?(笑)
>おまん…それを言うんはナシじゃ!
仁王って思ったより絡みやすいんだなぁ。
元気がでたとこで、とりあえず幸村くんに接触することを目標にしよう。やっぱり完全に知らんぷりは無理だから。
120729