お前は酷い格好だな。
私の身体を上から下まで眺めたあと、柳くんはにこやかにそう言った。いつもながら失礼な人だ。まぁ、初詣には相応しくない格好だということは自覚しているが。

「一人?どしたん?」
「丸井と赤也…後輩が今おでんを買いに行っていてな。俺はそれ待ちだ。テニス部レギュラー総出で来ているんだ」
「へぇ、派手そう」

頭の色を思い浮かべてそう呟くと、柳はふふ、と上品な笑いを漏らした。

「相変わらず興味深いな」
「どーも」
「お前は、一人か?」
「いや、はぐれたの。携帯も忘れて遭難状態」
「そうか……ふむ」

柳くんはそう呟いて、考える素振りをみせる。携帯を開いて、また閉じて、私の顔をじっと見るもんだから必然的に見つめ合う形になる。直感的に、ろくなこと考えてないな、と思った。

「一応聞くけど…どうしたの?」
「いや、弦一郎を呼んでやろうかと思ったんだが…奴は携帯を携帯しないからな」
「なんで真田…」

他の奴に連絡したら余計なものが付いてきそうだしな、とブツブツ呟く柳くんにそう問えば、ニヤと効果音が聞こえそうな笑みを見せた。わぁ、怖い。元々幸村くんを釣る目的が大きかった真田と仲良くなろう作戦は、すごく厄介な人を釣ってしまったようだ。私が楽しいからいいけど…。真田が優しくてよかった…

びゅうと冷たい風が吹き抜ける。思わず身を縮ませた私を柳くんが楽しそうに笑った。耳当てとホッカイロをトレードしないかという私の提案に少し考えてから頷いた。

「あ〜あったか〜」
「よかったな」
「ん〜」

ごーんと除夜の鐘が鳴り響いて、私は大利根を探すという任をやっと思い出した。除夜の鐘も突かねば。私が思い出したように、柳も思い至ったらしく、はっとしたように口を開いた。

「そういえば、そろそろ年が明けるな」
「あと2分?嘘でしょ?どうしようかな…」
「…さて、それぞれのツレを探してわたわた年を越すのと、このままのんびり年を越すの、お前はどちらを選ぶ?」
「…後者かな」

浮かしかけた腰を再び石垣に戻す。予定とは違うけどこういう年越しもアリか。柳くんが近くのあまり流行っていない町内会の屋台で甘酒を買って、石垣に座り直す。

「ほら」
「ありがと〜」

ほわ、っと甘い湯気を出すそれに口をつける。それと同時に、カウントダウンが始まって、あっさりと年越しを迎えた。

「明けましておめでとー」
「おめでとう。そうだ、写真を撮ってもいいか?」
「写真?」
「精市に送る約束なんだ」

二つ返事でOKして顔と顔を寄せる。っていうか柳が自撮りって面白くない?地味にツボに入り、シャッターが切られるまで、と我慢してたのだが、「はい、チーズ」でとうとう吹き出してしまった。

「あっははっ!ちょ、今絶対変な顔した!撮り直そう!」
「それより何で笑ったんだ」
「はいチーズ、が似合わないんだもん!」

ヒーヒー言いながら提案したら、柳くんは真顔のまま携帯を操作して素早く送信ボタンを押した。酷い!と叫ぶと、どっちがだと少しふてくされた様に言った。確かにな。

「あー!!やっと見つけたッス!もー!柳サンがどっか行っちゃったから丸井先輩と2人で年越しする羽目になったじゃないっすかー!」
「おい、赤也どういう意味だ?」

柳くんとゆる〜く攻防を交わしていると、ギャアギャアと騒がしく2人がやってきた。丸井くんは、なんだかんだ赤也の襟を掴んで行く先を制御してる辺りお兄ちゃんだなぁ…。しげしげと丸井くんを見つめていると、物言いたげに眉をひそめた。

「っていうか誰?柳サンの彼女?まさかね〜」
「どうも〜柳くんの友達?知り合い?の朝霞です」
「…そろそろ友人でいいだろう?」
「じゃあ友達の」
「朝霞、お前ひでー格好!」
「俺2年の切原赤也っす!っていうか丸井先輩とも知り合い?」
「うん」
「友達だろい!」

ずいっと身を乗り出して言った丸井くんにはいはいと適当に返事を返す。それより切原くんの持ってるおでんがほわほわ湯気を立てて美味しそうだ。チラリと覗く魅惑の大根とりんご飴を見比べて、未だ楽しそうに丸井くんと話す赤也に呼びかけた。

「なんすか?」
「りんご飴と大根…半分でいいから交換しない?」

切原くんはパチパチと目を瞬いてから、いいっすよ!と眩しい笑顔をこぼした。丸井くんが俺には!?とか言ってるけど無視だ無視。切原くんはささっと大根を半分に割って、箸を一本ずつ突き刺し、片方を私に差し出す。いい匂いすぎて、ほわ、と声が漏れた。口に入れるとじわっと汁が染み出てくる。

「「んま…!」」

同時に発した声に、丸井くんと柳くんが顔を見合わせて笑った。やべ、そういえば大利根の事忘れてた。一人で年越しになってないと良いけどなぁ…

「丸井くん、ちょっと…」




「よっ」
「仁王!と弦ちゃんもいるじゃん!」

挙動不審だ、と思って見てみれば、どうにも見覚えのある姿だった。声をかけると不安げに曇らせていた顔をぱっと輝かせる。

「朝霞見なかった?」
「…一緒に来とるんか?2人で?」
「いや、まゆさんとまゆさんの彼氏と4人で」

メンバーを聞いた途端もやっと胸にわだかまりが生まれる。また除け者か。テニス部で行くからどっちにしろ無理だとしても、誘われすらしてないぞ。朝霞のことを見ていないと伝えると、大利根は目に見えてしょぼくれた。携帯にかけても出ないんだと。隣で柳生が朝霞さんですか、と小さく呟くのが聞こえた。そういえば1年の時同じクラスだったな。
どうするか、と話していると、まゆさん(と彼)もやってきて、呆れた顔でやっぱりねと息を吐いた。

「あと3分…一緒に年越しは無理そうね」
「ドタバタ年越しするのもなんじゃき、年越してからゆっくり捜したらどうじゃ」

どうやらその意見にみんな同意らしく、焦っていた雰囲気がふわりと緩む。やっぱり大利根だけが少し視線をさまよわせた。


「なぁ、仁王」
「ん?」
「女子って少しでも気がある奴とでかける時、服装に気つかったりするよな?」
「あ?まぁ…」

じゃあ、スウェットで来るのってアリ?
大利根は除夜の鐘の列に視線を固定したまま、そう問うた。

「そりゃ、脈なしじゃろ」

何の気なしに、本当になんの含みもなしにそう応える。そして、ややあってから嫌な予感に苛まれた。まさか、朝霞か?だよなぁ…と重たげに呟いたのが、やけに耳に残る。チラリと横目で見る大利根の表情は読めない。
なんて事を言ったんじゃ俺は…。一人微妙な空気のまま、カウントダウンも碌にできずに年明けを迎えた。
これは、朝霞に八つ当たりしても問題ないだろう?

「もしもし?どしたん。朝霞?いるの?」

ややあって、大利根に丸井からの電話が入る。どうやら丸井達と朝霞は一緒にいるらしい。見つかってよかったという安堵と、丸井と一緒にいたのかという嫉妬が入り混じった微妙な表情を垣間見た。そんなに好きなら告白すればええきに。幾度となくそう思っていたが、今回も口には出せなかった。




人ごみをかき分けて出てきた団体に片手を上げる。仁王の白髪のおかげですぐにわかった。あけましておめでとー、と軽く挨拶すると、まゆちゃんにバコンと叩かれ、大利根に謝れ!とすごい剣幕で迫られた。

「大利根ごめん。探してた?」
「ん。合流できてよかった」

本当にホッとしたような顔をされて、ドキリと胸が撥ねる。なんでこんな良い人が私の事好きになっちゃったんだろう。(自意識過剰じゃないことを祈る。)ぼんやり大利根を見つめていると、今度は仁王にも叩かれた。

「今のは大利根のぶんナリ…」
「なんで!今謝ったじゃん!」

仁王はそっちじゃなくて、とかよくわからないことを言っていたが、殴られた私にとってはそっちでもあっちでもよかった。その後、俺の気まずさのぶん!とか言って殴りかかってきた手は全力で叩き落とした。



同刻。市内病院。
幸村は部員達から送られてきた写真をしげしげと見つめては笑いをこぼした。ブン太と赤也。ジャッカル、柳生、仁王、真田。一言ずつ添えられた言葉が、嬉しい。しかし、最初に送られてきたそれを開いて、幸村は楽しそうに、不機嫌そうに眉を顰めた。

「なーんで蓮二が朝霞さんと一緒にいるのかなぁ…」


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