そういえば、と弁当箱をしまっている時に、柳がわざとらしく思い出したように手を叩いた。ほとんどの人は素直に何?とかどうした?とか言って柳の方を伺い、胡散臭いというようにで顔をしかめたのは私と仁王だけだ。仁王と同じようにひねくれているようで、私は思い直して素直に柳に目を向けた。それを予期していたように、私の視線を受け止めると、やっと柳は続きを話した。

「弦一郎、朝霞に例の話はしたのか」

思わぬところで自分の名前がでて、私は素っ頓狂な声で私?と聞き返した。真田は首を振り、どうにも言いにくそうに私の名前を呼んだ。

「何の話?」
「祖父に、お前の話をしたのだ。書道を教えていると」
「へぇ」
「そうしたら、家に呼べと言い出してだな…」

えっそれってどういうこと?
柳と真田を見比べて、首を傾げる。真田に書道を教えてもらうには、家に挨拶に行かねばならないのか?言い淀んでいる真田に助け船を出すように、薄ら笑いのまま柳が口を開く。

「つまり、直接指導、というやつだ」

ふげぇ!と可笑しな声をあげたのは、私ではなく、うちのクラスの赤白コンビだ。大袈裟にガタリと椅子を鳴らし立ち上がったと思うと、椅子を少し遠ざけて座り直し、私に向かって揃って合掌した。

「え…?そんなに?」
「…厳しいのだ」

真田が表情を固くして呟く。えー真田が厳しいって言うということは…そういうことか。すまない、と頭を下げた真田に気にするなと声をかける。いや、あの羊羹を作るお祖父様だ。きっと分かり合える。多分。

「それで一つ提案なのだが、弦一郎の家で冬休みの宿題を一つ済ませてはどうだ?」
「つまり、書き初めを?」
「そうだ」
「柳から提案ってことは…」
「無論俺も参加しよう」

お前らもどうだ?と、自分を囲んでいる顔を見回して言う。何人か参加すれば私の負担も減らせるだろうという柳なりの配慮らしい。私にとっては嬉しい限りだ。もはや祈るような気持ちで私も同じ様に皆の顔を見回した。

「俺参加する!弦ちゃんの家行ってみたいし!」

意外にも一番最初に手を挙げたのは大利根だった。ありがとう!と思ったよりも必死な声を出すと、おうと大利根は爽やかに笑った。ああ、すごく野球部って感じ。続いてまゆちゃんもしかたないわねと、参加の意を示す。期待の眼差しで赤白コンビを見たが、断固として首を縦には振ろうとしなかった。

「そうか、じゃあ参加は6人だな」
「6?5じゃなくて?」
「部活の後輩を1人呼ぶ」
「赤也か」
「ああ」

突然知ってる名前がでて、ドキリとしたのを悟られないように身を正した。そうか。1年生エースの彼も来るのか。俄然楽しみになってきた書き初め大会にひっそり想いを馳せる。大方の予定が決まったところで、丸井くんに言われてやっとお土産の存在を思い出した。

お菓子を食べ終えると、ほとんど昼休みは終わってしまっていて、書道の練習はまた年明けから、ということで解散になった。昼休みを食べるためだけに書道室を使ってしまって少し申し訳ない。
ゆったりと教室を後にする友人達に急ぐ思いを抱きながら、私は食べこぼしが無いかどうか熱心に床をチェックした。怒られて次に使えなくなるのは困る。それが終わって顔を上げると、残っていたのは柳のみだった。

「真田は?」
「弦一郎は日直だから先に帰した」
「そうなんだ。待っててくれてありがとう」
「いや、お前と話がしたかっただけだ」

それもそうか。
柳がなんの理由もなく私を待ってるとも思えなくて、それ以上の感謝は割愛させてもらうことにする。

「弦一郎の鞄のキーホルダーはお前が?」
「ああ…あれね、うん」
「よく似ている。見たときは思わず吹き出してしまった」

淡々と話す柳に淡々と返事を返していたが、心の中はとあることでいっぱいだ。つまり、柳が吹き出すとこ見たい、だ。
そんなことは露とも知らない柳は、2組の教室の前で私の肩をポンと叩き、無駄に綺麗な顔で笑った。

「頑張れよ。弦一郎のお祖父様に認められれば、嫁に行けるかもしれないぞ」
「ええ…何それ…」

そういえば、と話し出した時から妙に楽しそうだと思ったら、そういうことか。柳の吹き出すところを想像して豊かになっていた心が、ふにゃりと萎えたのを確かに感じた。

明日終業式が終われば冬休みだというのに、何かと面倒が多いらしい。楽しみなような疲れるような微妙な気持ちで5限を終えると、携帯がチカチカとメールの受信を訴えており、何回かのやりとりで途端にもう私は元気になっていた。
差出人は隆士さん。

from隆士さん
智(私のおとん)がまた1月に来るっていってるけど、由紀ちゃんは?

from私
すいません、今回は無理そうです。

from隆士さん
そう(´・ω・`)
息子に会わせたかったなぁ

そう(´・ω・`)って…何さ…
隆士さんがこの顔をしているのがありありと想像できる。大分年上だというのに可愛いとしか形容のできないそれに私は堅く目を瞑って伏せた。机に突っ伏して身悶える私の背中を大利根がトントンと叩いて大丈夫?と心配そうに尋ねてきたが、しばらくは顔をあげられそうになかった。

彼はそこいらの中学より断然かわいいと自信を持って言える。


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