結論から言うと、食事会はめちゃめちゃ楽しかった。どんなおじさんが来るかと思えば、笑顔の眩しい少年のような方だった。隆士さんといって、私と同い年の息子がいるらしい。だからか、中学生の私にもわかりやすいような面白い話を次々としてくれて、笑いっぱなしだった。話の最後に難しい顔をして、それから表情を崩すのがツボだ。

しかも、なんでだかメアドまで交換してしまった。お父さんの目の前で交換したけれど、何にも言わなかったのでそれだけ信頼の置ける人物ということなんだろう。

「いい人だったろ〜?」
「うん。すごく楽しかった!」
「あれでお医者さんなんだよ」
「へぇ…」

帰りの新幹線の中で隆士さんのことを話すお父さんはまるで自分のことのように自慢げだった。仲良かったんだろうなぁ。なんだか学生時代の父が透けて見えて楽しい。

「忍ぶに足で何て読むかわかるか?」
「えっ…おしたりでしょ…」
「おーすごいなー!俺な、読めなくてにんそくさんって呼んで怒られたんだよ〜」
「えっ…何…」

隆士さんの苗字だよ、と父は何でもないように言ったが、私の脳内は混乱である。珍しい苗字じゃ、ないもんね…?いや、ちょっと待って、俊也さんに忍足をくっつけてみよう。
忍足隆士。
なんかすごい聞き覚えがないだろうか。

「忍足…隆士さん…?」
「そう」
「私と同い年の息子がいる…?」
「そう」

ゴクリと生唾を飲み込む私にお父さんは実に不思議そうだ。それもそうだろう。私がその息子を(一方的に)知ってるかもしれないなんて思いもよらないだろう。息を吐いて気を落ち着かせて、もう一度お父さんに尋ねる。

「息子さんの名前、侑士とか言う?」
「ええ?いや、違う違う」

そのあっさりした否定の言葉を聞いた途端に身体の力が抜ける。安心やらがっかりやらのため息が身体の芯からでてきた。なんだぁ…違ったか…そもそも忍足の両親って東京にいるんじゃん?

しかし、その脱力感は一瞬で吹っ飛ぶ。

「たしか謙也くんって言ったよ!」

そ、そっちでしたか…!!
携帯を呆然と見る。なんかすごいものを手に入れた気がするぞ?ある意味本人のメアドよりもレアなような。
お父さんがゆうしくんって誰としつこく聞いてきたので、クラスメートとつい嘘を言ってしまった。年頃の娘がいるお父さんって大変だ。

お父さんに妙な同情を抱いていると、携帯が2通のメールを受信したことを伝える。1通は仁王、1通は隆士さんだ。仁王のメールにはただ一言「電話」とだけ書かれていたが、今はそんなこと置いといて隆士さんからのメールだ。

「東京に息子連れてった時はよろしくしてやってね」

メールの時は標準語らしい。な、なんかちょっときゅんとしたぞ…。自分の妙な性癖を知ってしまったようだ。さっきまで会っていたせいかリアルに隆士さんの声で再生される。是非ともよろしくしたいところだけど、謙也くんって話通じなそうで怖い。早いし。そんな気持ちは押しとどめて、「こちらこそよろしくお願いします」と当たり障りない返事を返した。

それはそうと、私は父が女子中学生とメールしていたら嫌だなぁ…



時は移って月曜日。土日が濃かったせいか学校に来るのが大層ひさしぶりな気がする。隆士さんとのメールは家に帰ってからも何回か続き、「由紀ちゃん明日学校だよね?もうおやすみ」という優しい一言で終わった。私のことを奥さんにも息子にも話したらしく、奥さんからは羨ましがられ、息子には止めてくれと言われたと嬉々として話していた。ごめん…謙也くん…

そんな昨夜のことを考えながら下駄箱にたどり着くと、見慣れた黒帽子が視界に写る。彼もなんか久しぶりな気がする。

「真田!おはよう」

短い挨拶をした真田は大阪に行ったそうだなと話題を振った。頷きつつ、真田の向こうにいる仁王と丸井くんに手を振る。あ、それで思い出した。

「真田、ちょっとそのまま」
「む?お、おい…何をしている」
「いいから」

鞄から例のものを取り出しラケバのファスナーにくくりつける。うん、やっぱ似てる。横から覗き込んだ丸井くんがプッと吹き出した。

「朝霞!それ!マジ真田!」
「でしょう?思わず買ってしまったよ」

言わずもがなクマのマスコットである。私も買ったんだ〜と携帯のストラップを掲げて見せると、丸井くんはまた笑った。

「俺も欲しー!」
「おい、何をつけたんだ」
「変なもんじゃないから安心してよ」

真田からは見えない位置だから、必死に後ろを見ようとラケバを振り回している真田が少し可笑しい。自分の尻尾を追いかける犬のようだ。

おかしいといえば、丸井くんの右隣の男もおかしい。すごい睨まれてるんだけど。

「朝霞、俺らには土産ねーのかよ」
「え、あ、うん!お菓子あるから、みんなで…」
「じゃあ昼さ、みんなでくおーぜ!」
「ああ…じゃあまゆちゃんと大利根も連れてっていい?」

2人にもあげようと思って、と丸井くんを見る。正直丸井くんと絡むと思ってなかったので、君の分は買ってきてないですが。
それより、丸井くんの向こうの仁王がさっきよりも凄い形相でこっちを睨んでいて怖いんですけど。今の会話のどこにそんな要素が…

「由紀、おはよう」
「!!まゆさん!久しぶり!」

2日だけじゃない、とクールに笑うまゆちゃんに手を広げて飛び込むとあっさりかわされた。さすが私のまゆちゃん。私にはお構いなしにまゆちゃんは仁王にチラッと視線を向けると、ニヤリと笑った。あ、仁王のこと忘れてた。

「なっ…まゆさん」
「え?何?どうしたの?」

焦ったように仁王はまゆちゃんの名前を呼ぶ。それが面白かったのか、まゆちゃんは更に笑みを深め、震えながら私の肩を叩いた。

「由紀…仁王ってばね」
「ちょ、やめんしゃい!」

仁王の制止の言葉も虚しく、伝えられた言葉に私は腹を抱えて笑った。

「あんたからカニのメールなかったのずーっと拗ねてんのよ」


130116
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