こういうのをなんていうのだろう。


朝登校して女子の固まりを見つけて、ああ、今日も幸村ファンがうるさいなぁと思った。

それから3歩歩いて違和感に気がつく。

今日も幸村ファンがうるさいな?幸村精市とはマンガの中のキャラクターではなかっただろうか、と。気がつくと同時に人だかりに目を向けると、やっぱりそこには困った顔で笑う幸村精市がいた。

テニスの王子様、というマンガがあったはずだ。私は他校のキャラクターも知ってるし、試合展開も知っている。覚え違いではなかったはず。でもいくら携帯で検索しても、該当のマンガは存在しなかった。

こういうのをなんていうのだろう。

気がついたらマンガの中にいました〜なんてことありえるのだろうか。いや、厳密に言えばマンガの中ではない。たぶん。だって私はここで過ごしてきた日々の記憶も、それに合致する友人や家族も持ち得ているのだから。言うなれば、マンガの世界と私の世界がいつの間にか一体化していたのだ。

立海大付属中学に通っていた覚えはある。でもなぜかそれがマンガに出てくるあれと一緒だという認識はなかった。一番好きな学校だったにも関わらず。クラスメートだって全員覚えがある。昨日まで、いや今日もかわらず仲良くしている友達だ。その中に仁王雅治とか丸井ブン太がいたとしても驚くことはない。だって昨日もいた。でも気がついてしまった。彼らがマンガの登場人物だってことに。

「どうしたんじゃ朝霞。難しい顔しとるのぉ」
「すごいな、仁王雅治と話してる」
「?席隣なんじゃから話くらいするナリ」

怪訝そうな顔をする仁王に全力で同意する。というより昨日まで普通に話してた。ピヨピヨと揺れる尻尾毛を眺めながら、その向こうの向こうくらいに見える赤毛にも目を移す。いる。いるな。

「どーしたんじゃ朝霞。落ち着かんの」
「いや…仁王ってテニス部だっけ?」
「…大会、応援にきてくれたじゃろ?」
「うん、そうだそうだ」

そう言われるとそういう気がしてくる。たしか暑かった。そんで友達がダウンして、立海は優勝して、そんな感じ。あの四天宝寺戦をみに行ったんだ。そうだ。もったいないことをした。

「なんかあったんか?」
「いや……トッポ食べる?」
「食べる食べる」

さて、どうしよう。その、マンガの世界にいたと、自覚したところで何ができるだろう。なにかしなくちゃという微妙な使命感?がある。でもマンガの世界であっても私の世界であるわけだし、大胆な行動にでるのも決心がつかない。とりあえず携帯の中をチェックしてみたけど驚くような名前はなかった。

「これ何味じゃ」
「んー…えーと…」
「コラ、人と話してる時に携帯いじったらダーメ」

パタンと携帯を閉じられ目の前に仁王の顔が広がる。すっげーかっこいいや。

「ごめん。カスタードプリン。」
「まぁええ。甘いのぉ」

顔をしかめた仁王を見て気がつく。10月1日、今日は席替えの日だ。席替えは毎月1日の朝のHR。つまり仁王の隣の席に確実にいられる時間はあと数十分ってことになる。もったいない2個め。とりあえずやること一個目は決まった。

「今日席替えだね」
「そうじゃな」
「あのさ、よかったらメアド教えてくんない?」
「おまん、俺のこと好きなんか?」
「……はぁ?」

真剣な顔でなに言ってんだこいつ。好きっちゃ好きだけど、恋愛感情ではない。だいたい紙の中に居たはず人がいきなり目の前にいて、恋愛感情を突然もつことができるのだろうか。私にはできない、というか実際まだ混乱してる。

私の不満気な顔に気がついたのか、仁王は顔を真っ赤にして机に突っ伏した。

「…すまん、忘れてくれ」
「あっはっは!いいよ気にしないよ。で、いいかな」
「ん」

突っ伏したままの仁王に閉じたままの携帯を差し出される。操作していいってことかな?受け取って仁王を見てみるけど、相変わらず顔を伏せたままだ。耳が赤くて、少し笑った。

「赤外線どこ」
「メニュー開いて…あー…やっぱ俺やる」

受信が終わって私の電話帳に仁王雅治という名前が並ぶ。おお…感激。

「ふ、ピヨって何じゃ」
「あ、それ私のアドレスね」
「うん登録した」

仁王がにへと笑って携帯を閉じると、ちょうど先生が教室に入ってきた。これで仁王の隣の席とはバイバイだ。ちょっと残念だなぁと思って横を見たら、仁王もこっちを見ていてとりあえず手を振っておいた。

「じゃあ窓際の列からくじひいてけ〜」

回ってきたティッシュボックスで作った箱からくじを引いて、番号を確認する。ラッキー、窓際だ。

「由紀どこ?」
「窓際の4番め」
「えー由紀窓際多くない?」
「そういえばそうかも」

小学校からの友達のまゆちゃんとは同じクラスになれたものの一回も近くの席にはなったことがない。今回も窓際と真ん中という微妙に離れた席だった。残念だね〜といいつつ、私も、たぶんまゆちゃんもそんなに残念に思ってない。そういう遠くの席だから寂しいみたいな時期はもう過ぎた。

「仁王ー!お前席交換しろよ!!」
「ピヨ」
「意味わかんねーよ!」

丸井くんのでっけー声が教室に響いて、先生の激が飛んだ。仁王もきっといい席だったんだなぁ。

「改めてよろしく」
「…よろしく」

後ろの席に陣取った仁王に肩をつつかれて、短い別れに終止符を打った。

さて次は何をしよう。



120729
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