「こっちやで、宇宙人のねーちゃん!」
「ちょ、ちょ、ちょ!」

足をもつれさせながら必死に必死に目の前の野生児にくっついていく。暫く引きずられて、やっと見えてきた四天宝寺の門もあっさり通り過ぎた。私の視線が門に釘付けなのをお構いなしに、金ちゃんは学校の隣の雑木林にザクザク入っていった。

「え、ここ行くの〜?」
「ええからええから!」
「マジか…」

恐る恐る足を踏み入れて金ちゃんの影を追う。下で蠢いている虫だとかは見ない。見ないぞ。ようやっと開けた所に着き、フェンスに張り付く金ちゃんの肩に飛びついた。

「金ちゃ〜ん…」
「ほら、見てみ」

金ちゃんに言われるがまま、指差す方向に目を向けると、黄色い物がひゅっと目の前を過ぎっていった。ドキリ。金ちゃんが隣ではしゃぐ。

「あ……」
「ねーちゃんシーっやで!前にガッツリ怒られてん」
「う、うん」

ミルクティー色と称されることの多い淡い茶色の髪がふわりと揺れた。暗くなり始めたテニスコートに黄色が点々と転がっている。

白石蔵ノ介…

パァンとインパクト音がして、また黄色が走った。打つ度に汗がはじけて煌めく。
この人、本当にエクスタシーって言う人?極々自然な疑問が頭に浮かぶ。だって、そんなアホみたいなこと言う人に全然見えない…。

「ワイ来年からここでテニスすんねん!」
「!」
「そんであの包帯のやつぶっ倒すんやで!」

まっすぐ白石を見つめて、力強く言いはなった言葉はダイレクトに私の胸に響いた。めっちゃすごいやろ、と金ちゃんはこっちを見て得意げに笑う。すごいなんてもんじゃない。私の今の、感動は。仲間に、チームメイトになろうとしてる金ちゃんと白石がここにいるんだ。

「わ、ねーちゃんどないしたん!」
「え?」

ポロッと雫が落ちた。やべー私感動しすぎて泣いてる。
金ちゃんが背伸びしてパーカーの袖で私の目元をグリグリと拭った。心配そうに眉を寄せる金ちゃんに、大丈夫と笑ってみせる。彼はコテンと首を傾げて、ポケットをごそごそと探った。

「これな、おかんに腹減ったら食べぇ言われとるんやけど…」
「あめ…?」
「おん!ねーちゃんにやるわ!」

元気でた?と満開の笑みで聞いてくる金ちゃんにつられて私も笑った。なんだこの子めっちゃかわいい。こんな癒し見たことない。再び白石に目を向けた金ちゃんの横顔をじっと見つめる。
そうだよね…金ちゃんといえば、主人公のライバルで対じゃないか。やっぱ対になるにはそのくらいのオーラが必要なんだよね。
と訳の分からない議論に結論を出した。

「んんーっエクスタシー!」

フェンスの向こうから聞こえる例の言葉に、やっぱり白石は白石だったと笑ったのは、その後すぐのことだった。



「金ちゃん、ありがとね」

白石のテニスを見学した後、ここでいいよと言う私の言葉を押し切って、金ちゃんは結局なんば駅まで送ってくれた。やんちゃやんちゃと思っていたけれど、意外と紳士なのかもしれない。この無邪気さで紳士はまずい。モテ街道まっしぐらだ。

ワイもめっちゃ楽しかったー!と、元気に手を振る金ちゃんと駅前で別れる。離れた手が名残惜しい。

「宇宙人のねーちゃん!!」

雑踏を切り裂くように金ちゃんの声が響いた。ちょっと俯きかけた私の視線を前へと引き戻す。金ちゃんは私を真っ直ぐ見て、口元に手を添えて叫んだ。

「ワイ、大阪で一番になって来年東京いくから!そん時また遊んでな!」

絶対に叶えられるだろうその宣言は、どういう分けか私の心をワクワクさせた。知ってるのに、期待してる。
もう一度大きく手を振って、今度こそ金ちゃんは人波にのまれて消えた。私は暫く金ちゃんの背中が消えた方向をぼんやり見ていた。未だに胸はドキドキと五月蠅い。げぇー…金ちゃんカッコイイ…

暫くして、商店街の時計のポーンと軽快な音で我に返った。
針は18時を指している。

「まずい、お父さんとの約束!」

慌てて携帯を取り出すと、着信履歴がドーンと連なっていた。主に仁王からの。

「えっ…私なんかしたっけ…」

メールも何通か来ていて、一番上のそれを開くと「バカ!」としか書いてなかったので、くだらない要件だろうと後回しすることにした。今はとりあえずお父さんと連絡をとらなければ。
幸いにも父からの電話は10分以内に掛かってきたもので、無駄に心配をかけずにすんだ。お父さんへの迷惑は御法度だもんね。

「明日の昼だけど、お父さんの大学の先輩が一緒に飯食おうって言うんだけどいいか?」
「ええ……うん」

合流して開口一番にそんなことを言ったお父さんに渋々了承を示す。食事のマナーとかそんなのは知ったこっちゃないので本当はイヤだけど、お父さんの面子を守る義務がある。それでも、嫌々が大分顔に出ていたらしく、お父さんは困ったように頭を掻いて耳打ちした。どうやら少しお高い店に連れて行ってくれるらしい。途端に気分が上昇した私を現金だというなかれ。

そして、仁王からの電話などすっかり頭から飛んでいた。


130115
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