人間とっさの時は俊敏な反応はできないものだ。
それはこの間クラスの青山くんが口を開けたまま倒したペットボトルから膝に流れ落ちるお茶をぼーっと見てたことからも伺い知れる。

つまり何が言いたいかっていうと、金ちゃんに咄嗟に話しかけられず、とりあえず後をつけている状態であるということだ。
一歩間違えると犯罪行為である。

「はぁ、はぁ、早ぇ…金ちゃん…」

それにしても金ちゃんは足が速い。コンパス的には負けてないはずなのだが、ほぼ帰宅部の私にあの野生児は荷が重い。

視界のギリッギリに移る金ちゃんを見失わないように必死に足を動かす。チョロチョロと動く金ちゃんを視界から外さないようにつとめながら。まっすぐ進んでいたらと思うとゾッとするわ。

大阪まで来て何やってんだろう。と思わないでもないが、まぁいいか。その他もろもろに会えるかもしれないんだし。
息をきらしつつ金ちゃんと追いかけっこ(一方的)をしていると、携帯が震えているのに気がついた。かけてくるやつといえば大体見当がつくので、金ちゃんから目を離さずに通話ボタンを押す。

『東京行ったんじゃなかったの!?』
「大利根声でかい!」
『カニ送られてきたらびっくりすんじゃん!』
「ちょっと手違いがあって…」
『手違いって……つーか何か疲れてね?』

いや。別に、と流れる汗を拭いつつ答える。スポーツタオルが欲しいくらいには汗をかいている。格好も格好だしな。こんなことになるならブーツにスカートなんか履いてこなかったわ、ちくしょう。

『つーか聞いてよ。今日練習試合でさ氷帝となんだけど、』
「えっ!あ、そうなんだ氷帝ね…」
『テニス部もそうらしくて、なんかすげー濃いメンツが』
「はぁ!?テニス部も!?」

驚愕の事実にくらりと目眩がする。
私が大人しくしてれば会えたかもしれないのか…!彼らを一目見ようと東京に行こうとして、大阪について、金ちゃんを追いかけて、学校には氷帝がいて…。なんという悲劇だろう。
これは何としてでも四天メンバーを見なければ、浮かばれない。

「……あ!?」
『何なになに?』
「やっばい、見失った!ごめん大利根!またあとで!試合がんばれ!」

金ちゃんがいない!
さっきまで視界の奥〜のほうに捉えてたのに、いつのまにか消えてた。青学に気を取られすぎたのが運のつきか。携帯を乱暴に鞄に放り入れ駆け出す。金ちゃん速いけど声でかいからきっと見つかる。そう信じる。

「クソ〜常勝立海の意地をみせちゃる〜…!」


、と言ってから30分が経っていた。
もう昼が近いからか通りも賑わいだした。金ちゃんがどこに行くかなんて見当もつかないし、まずここがどこかも謎だ。おまけにお腹もすいてきた。ふと諦めの文字が脳裏に浮かぶ。もう、諦めて美味しいたこ焼きでも…

「スーパーウルトラグレイトデリシャスー!」
「そう、デリシャスな……は?!」

神様は見放さないらしい。座り込んでいた階段の上から、探し人の声だ。焦りすぎて転びそうになりつつ階段を駆け上がると確かに赤いパーカーと頭が見えた。

「常勝立海…!」

グッと拳をにぎり喜びを噛み締める。
どうやら高校生くらいの人と試合中みたいだ。こ、これはまだ見ぬ金ちゃんの試合を見るチャンス、ですよね!



凄まじい試合だった。言葉では表せないくらい。

という展開を期待していたのだが、相手が弱すぎて(金ちゃんが強すぎてともいう)実に呆気ない幕引きだった。やっぱり相手は超中学級じゃないと…ってなんかおかしくないか。

ただ、必殺技的なものはお見舞いしてたので、コートは凄まじいまでのボロボロさだ。やっぱテニプリ怖…

「はっ、そうだ。今金ちゃんに話しかけるチャンスっ…て居ねぇ!!」

唖然としてる場合ではないとコートを見回せば目的の人はおらず、気がつけばさっき登ってきた階段に消えていくところだった。ま、また追いかけっこ再開かよ…。

とりあえず急いで金ちゃんを追いかけていると、また携帯が震える。なんだよ!今日電話多いわ!

「はぁい!?」
『おお、俺じゃ俺じゃ』
「仁王?ごめん今忙しい!試合ファイト!」

迅速に電話を切ってサイレントマナーに設定する。気がつかなければこっちのもんだ。鞄にしまう時間も惜しくてポケットにねじ込む。今優先すべきは金ちゃんだ。

「おっちゃんたこ焼き一つ!」

止まった!

金ちゃんと追いかけっこを再開して30分あまりがたったころ、ようやく金ちゃんは足を止めた。たこ焼きを買って上機嫌で席についた金ちゃんを見つけて思わず笑みがこぼれる。やった、昼飯たべれる!

金ちゃんが買ったのと同じたこ焼きを買って席につく。口に入れるとカリふわで思わず、うまっ…と声が漏れる。独り言恥ずかしいわ。

口元を押さえつつ金ちゃんの様子を伺うと、金ちゃんの鋭い目が私をバッチリ捉えていた。びっくりしてたこ焼きが出そうになったが、運良く口元を押さえていたおかげで免れた。どぎまぎと、意識しないようにたこ焼きを食べているとふ、と視線を外した。
な、なんだろう。つけてるのバレた?

ふと、警察に通報されないか不安になったけど、何事もなかったように店を後にしたのでそのまま追跡を続行することにした。
まぁ、私が金ちゃんに何かしたところで、仕返しされるのが関の山ですけどね…?

121005
- ナノ -