視線を細めた幸村は、パッと目をそらして大きなため息をついた。

「なんだっけ、ああそうだ。受け止めてくれたんだよね。おかげで頭打たないですんだよ。うん、もう帰っていいよ」

ほとんど息継ぎ無しで言われて一瞬思考が止まる。ややあってから理解して、それでも二の次を継げなかった。幸村精市ってこんなだったか?よほど変な顔をしてたのか、幸村は私の顔を見てハッとして口ごもりながらごめん、とこぼした。言われたことにびっくりはしたけど、謝られる筋合いも持ち合わせてはいない。

「わざわざ来させといて、こんな…」
「あ、全然気にしないで…ください。私こそ、その…ごめんね」
「いや、病人のお見舞いなんてそんな顔しかできないよね…本当ごめん。八つ当たり」
「違う、そうじゃなくて…」

眉を下げて笑う幸村にまた罪悪感が募る。私のこれだって、幸村に何の関係もないという意味では八つ当たりに近いのに。

「でも…同情だとしても、そうじゃなくても謝らないでほしい。お前のせいだって、押し付けたくなっちゃうから」

謝ることもできないなら、私はどうすればいいんだろう。

「そうだ。朝霞さん、真田や仁王と仲がいいって?」
「そうなのかな…」
「そうだと思うけどな。仁王はまだしも真田が女子のことで落ち込むなんて珍しいから何かと思っちゃった。君があれでしょ?真田の彼女って噂された子」
「おちこん…?」

そうそう、笑っちゃうでしょ!と噂話をするおばさんみたいに手招いて楽しそうに話し出した。

「習字教えてもらってたんでしょ?断りなしに行かなかったから怒ったんじゃないかって、落ち込んでんの!普段そういうこと一切しないやつだから戸惑っちゃって。ほーんと真田ってかわいいよね」
「へえ〜…」
「仁王もさ、あいつ何にも言わないでしょ?でもここ来ると落ち込んだり怒ったり忙しそうにしてるよ〜。お前に避けられてるって!」
「うん……」

一通り話し切ったのかふうと息をついて、手元に視線を落とした。しばらく目をつむって、優しげな目でこちらを見て口を開いた。

「ねぇ、朝霞さん。また真田とも仁王とも仲良くしてやってよ」
「あ、うん。それはまぁ、」

「それが、君にできることだよ」

遮るように言われて、ドキリと心臓が跳ねる。陸に上げられた魚みたいに口を開いたり閉じたりして言うべき言葉を探した。たぶん、また変な顔してると思う。

「ふふ、驚いてる?」
「うん…」
「ほら俺、神の子だから。……なーんて嘘」
「お?うん…?」

ベッドに腰掛けてた幸村は立ち上がって、疑問の言葉しか出ない私の手を握って目の前にしゃがみこんだ。

「よくいるんだ、君みたいな子。そんな顔する子。何かしてあげたいとか…代わってあげたいとか言う子もいたな。同情や心配はされないよりされた方がいいよ。でも、何かできるなんて正直言って迷惑でしかないんだ。気持ちは嬉しいけどね。俺の願いはそれこそ神様しか叶えられないから」
「…うん」
「お見舞い来てくれる子の中にはあんまり喋ったこともなくて、何もしてくれなくていいって子も多いんだけど、君は幸か不幸か仁王と真田と関わりがある。なんでかは知らないけど、俺が倒れてからなんだろう?避け始めたの」
「うん…」
「仁王や真田……部員達を極力俺以外のことで悩ませたくないんだ。まっすぐ三連覇に向かって欲しい。君にも苦労かけることになっちゃうけど…ごめんね。俺君より部員達の方が大事だからさ」

茶目っ気たっぷりに最後はウィンクまでされて、人によってはショックを受ける所だろうになんだか笑ってしまった。

今だから、の言葉かもしれない。

幸村はこれから待ち受ける未来を知らないから、部員のことだけを考えていられるのかもしれない。でもきっと今の言葉は幸村の本心で、何があっても心の底で揺るがないものだと思う。

私は、神様ではないから。
今できることをしよう。

「ああ、そうだ。肝心なこと言い忘れてた。受け止めてくれて、」
「ま、待った!その言葉、学校で聞かせて!」
「え?」
「さっき私にも苦労かけるって言ったでしょ!その代わりに、ソレは学校で聞かして!」
「……わかった。約束するよ」

初めて会った時みたいに幸村精市は柔らかくほほえんで小指を差し出した。その小指に自分のそれを絡めて、お決まりの歌は歌わなかった。

「俺に交換条件出すなんて、良い度胸だなぁ」
「え"…」
「冗談だよ」

にこりと笑った幸村精市を見て、この部長だからこそ二連覇を達成できたのだろうなと思った。

無敗でお前の帰りを待つ、そう言わせるだけの威厳と優しさを確かに持ってる。

「朝霞さん、また来て仁王と真田の話聞かせてよ。あいつら自分の話しないから」
「うん、是非ぜひ」
「…じゃあ、またね」

去り際にそんな話をした。向こうも社交辞令だろうし、私ももうめったに来ないと思う。

その代わりに、仁王と真田に自分の話もするように勧めておこう。


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