2日前の夜、仁王から病院の名前と部屋番号だけが書いてあるメールが届いた。とりあえず保護して、メールは返さなかった。次の日学校に行っても仁王は挨拶するだけで、そのことには言及してこなかった。

ただ帰りにすれ違う時、ぽんっと肩を叩いてきた。

行くべきか、行かないべきか。

「由紀、」
「……」
「由紀!」
「…」
「アンタあたしをシカトするなんていい度胸じゃない」
「イダダダダダ!!まゆさん!ストップ!!」

まゆちゃんは不機嫌そうな顔をして、すごい勢いでこめかみを締め上げてくる。容赦ねぇ…!

「まゆちゃん、私にだって悩みたいときが…」
「とかなんとか言ってもう何日もそんな感じなの!いい加減ウザイ!」
「おおう…」
「悩んでるだけじゃ何もなんないのよ!な、大利根!」
「え!ん?!ああおう!」

隣にいた大利根が突然の声に身体を揺らしながらも、大きく頷く。お前詐欺に引っかかるタイプだな。とか余計な事を考える私の頭をまゆちゃんはバッシーンと叩き(ものすごく痛い)、立ち上がって仁王立ちした。

「いい?行くか行かないか迷ったらとりあえずGOよ!な、大利根!」
「そうだ!」
「うまく行かなかったら引き返してくればいいのよ。そん時は」
「そうだ!…え?」

調子よく合いの手を入れていた大利根だが、まゆちゃんの続く言葉がわからずに首を傾げる。
かくゆう私もわからん。
そん時は?首をコテっと傾けると、まゆちゃんは私の頭のさっき叩いた部分をわしゃわしゃっと撫でて、にっと笑った。

「そん時はあたしが全部受け止めてやる」
「………まゆちゃん結婚しよう。そうしよう」

思わずまゆちゃんに抱きつくと、これまた優しく背中をさすってくれた。なんなのツンデレなの?隣で大利根が何故か立ち上がったけどそれはまあ置いとく。

「どう、由紀?」
「行く…行ってくる!」
「え?何?朝霞どこいくの?」
「行ってきます!先生には適当にいっといて!」
「はいはーい」
「え?朝霞どこいくのー?!」
「…大利根は不憫だな〜」

いい友達を持ったなぁと涙ぐみながら、下駄箱へ猛ダッシュする。授業開始3分前。先生に捕まったらアウトだけど気にしてる余裕はない。

奇跡的にどの先生とも会わずにたどり着いた下駄箱には、見知った影が寄りかかっていた。これもデータですか。

「行ってくれるか、朝霞」
「柳、くん……どーせ知ってたんじゃないの」
「いや、五分五分だ。お前はよくわからん」

それでもここで待ってたってことはかなり確証があったんだろうな。なかなか悔しい。悔しいのでそっけなくじゃあね、と一声掛けるとそれでも柳は薄く笑ってああ、と返事を返してくれた。あと、名前を名乗れよと声を掛けられた。当たり前じゃないのかそれ。


チャリで15分。12月の寒空とはいっても全力疾走したから汗だくだ。幸村とまだ二回目ましてなのに汗臭い登場はどうかな、と思いつつも足は確実に幸村の病室に向かっている。

307号室、ここだ。

「…はー…やっぱ緊張する…手震えすぎだろ私…」

小刻みに震える手を無視してドアノブを握る。開けろ。開けろ。開けろ私の手!

「何やってんの?キミ、立海の生徒だよね」
「っ…」
「俺に何か用?」

吐きそうなくらいびっくりした。振り返ると案の定幸村がいて、この間とは逆に鋭い視線を送ってきていた。ビビりすぎて声が出ない私を見て軽く舌打ちをし(たような気がした)、背後のドアに手をつく。つまりドアと幸村に挟まれた私。ど、どういう状況だ。

「何しにきた?」
「っ……わ、たし、朝霞由紀です…」
「朝霞……ああ、なんだ。ごめんね。中入って」

途端に表情を崩して身体を離した幸村に深く息を吐く。柳が名を名乗れって言ったのはこういうことか。その昔、巷で魔王と呼ばれていた幸村がふと脳裏をよぎった。いや、機嫌が悪いだけだ、きっと。

ぼやぼや考えている間に、幸村に言われるがまま部屋の中に入って気がついたら椅子に座っていた。

まだ心臓はドキドキしている。

「あの、歩いて大丈夫なんだね」
「うん。すぐにどうこうなるわけじゃないからね」
「そっか…」

だいぶ後押しされて決心つけてきたつもりだったけど、実際本人を目の前にすると怖い。というか私は何をしにきたんだろう。会えばどうにかなると思ってたけど、幸村にとって私は何の関係もない人間だった。幸村が勝手に許してくれることを期待してたのかもしれない。自分から行動するしかないのに。

「あのさ、朝霞さん。さっきからその顔なに?」
「え…?」
「自分から呼んどいてなんだけど、そんな顔するならこなくてよかったのに。何?同情?」

もし、私が幸村のかんに障るような表情をしてたとすれば、それは、

罪悪感、だろうな。

自嘲気味に笑った私に、幸村はゆっくり視線を細めた。


120824
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