柳にああやって指摘されても、すぐに元通り話せるかと言ったらそんな器用ではない。それから1週間くらいテニス部の方々とは話さないまま時間が過ぎて、12月に入った。12月始めにも席替えがあって、まゆちゃんの一列挟んだ斜め後ろという微妙な位置を手にした。丸井くんが前の前の席にいて、仁王は私の一つ前の列の一番端だ。近すぎず遠すぎず、毎回席が空気読んでくれて助かる。

「朝霞〜蛍光ペンもってね?」
「あるある。黄色でいい?」

ちなみに前の席は大利根だ。こいつ私のこと好きなんじゃないか疑惑があった彼だが、あんまりにも話しかけてくるもんだから気恥ずかしさとかそういうものは忘れてしまった。

日直の号令がかかって帰りのHRが終わる。早く帰らなきゃ、ドラマの再放送が始まる。声を掛けてくれるクラスメートにおざなりに挨拶してダッシュで昇降口へ向かうが、階段にさしかかったところで携帯をまた机の中に忘れたことに気がついた。

あの日を思い出して若干凹みつつUターンすると、目の前には銀色が広がっていた。

「ぎゃ、」
「うわ」

仁王の伸ばした手は私を掴めるほど近くて、勢いよくターンした私のポニーテールが仁王を攻撃していた。うわ、痛そう…目に入んなかったかな。

「うわあああぁ…ごめん。大丈夫?」
「なんでいきなり振り返るんじゃ…」
「携帯忘れて…まじごめん」
「プリ…」

顔を押さえる仁王に一通り謝って、じゃあ、と隣を通り過ぎる。1ヶ月ぶりくらいに話したんじゃないだろうか。でもその辺はまあ、気にするとぎこちなくなってしまうから、こういう偶然的な接触を積み重ねて元通りになっていければいいなぁ。なんて思いはガッチリ捕まえられた右腕が打ち砕いてくれた。

「ちょ、待ちんしゃい」
「!」
「話があるんじゃ」

どうやら偶然ではなかったらしい。さっき伸びていた手は私の腕を捕まえようとしてたのかなるほど。じいっと私の顔を見つめてくる仁王に、なぜか対抗心が湧いて負けじと見つめ返してみた。どのくらいそうしてたかわからないが、仁王がはっと目を見張って、顔を赤らめて目をそらしたので多分私の勝ちだと思う。なにやら私も恥ずかしいぞ。何見つめ合ってるんだろう。

仁王がごほん、と咳払いして、取り直したように口を開いた。

「幸村、入院した」
「そうなんだ…」
「詳しいことはわからんが、いろいろ検査するんじゃと」
「うん」
「それで、丸井がお前のことを話した。受け止めたヤツがおるって」
「えっ」
「幸村は礼がしたいと言うとる。行ってやってほしいんじゃ」

心臓が急にうるさく鳴った。幸村に会いに行けというのか。絶対無理。無理だ。2ヶ月前の私なら全力で会いに行ったさ。でも、今幸村に会ったってどんな顔すればいいのかわからない。

「幸村と、なんかあるんか?」
「え、いやいや。何も。一回しか話したことないし」
「そうじゃな。幸村はお前のこと知らん言うとった。でも幸村が倒れてから俺らんこと避けとる」
「えっと…」
「真田は無断で行かなかった自分が悪いちゅーてるけど、それで怒ったんじゃないじゃろ?」
「うん…」
「それか、俺が何かした」

ふるふると首を横に振ると、仁王は安心したように小さく息を吐いた。寂しがり屋なのは本当なんだ。握られていた右腕がまた少し締まった。

「本当は幸村のこと気になってるんじゃろ」
「……」
「話きくだけでいいけ、行ってやって」
「うん…」
「びょ「あー!!!お前ら何やってんだよー!!!!」!?」

びくりと互いの身体が揺れて捕まれていた腕が解放された。少し離れたところから大利根がこっちを指差している。あのでかい声はあいつか。やめてくれ、すごい注目浴びてるじゃないか。

恥ずかしいのは仁王も同じみたいで、大利根に叫び返す仁王の頬は微かに色づいていた。

「お前ら付き合ってねーんだよなぁ!?」
「お前は、少し、空気を、よみんしゃい!!」

仁王につつかれたでこをさすりながら、なんだよー!と大利根は声をあげる。うるさい。けど実際助かったかもしれない。未だ言い合っている大利根に心の中でだけ手を合わせて感謝した。

「いい加減にしなよ」
「「だってこいつが!」」
「はぁ…ガキじゃないんだから…大利根、仁王とは業務連絡みたいなもん」
「ギョームレンラク…」
「仁王も、わかったから。詳しいことはメールか電話ちょうだい」
「メール…」
「これで解散!散った散った!じゃあね!」

それだけいい逃げして階段を駆け上がる。今までに無いくらい俊敏な動きで携帯を取って、未だにぼーっとしている仁王と大利根にもう一度声を掛けて帰路を急いだ。

結局ドラマの再放送は始め10分間に合わなかったし、幸村のことで頭がいっぱいで残り50分も全く覚えていなかった。昨日行方不明になった主人公の恋人は、どうなったんだっけ。


120808
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