避けてると気がついたらもう本当にテニス部に関わることがなくなった。自覚する前まではどこか強がって意地を張って普通を装っていた。でも、私が避けたいならそうすればいいし、それはたぶん彼らにとっても迷惑にはならないだろう。だから無理して普通ぶらなくていいんだ。避けてしまおう。

近づこうと思えば簡単なように、避けようと思えば簡単に避けられる。

そうして2週間くらいたって、テニス部と仲良くなろうとしていた日常はあっけなく私の中で風化していった。それは漫画の登場人物だ、と自覚する前の日常に戻ったにすぎなかった。

12月に入ろうかという寒い日、私は綺麗な髪のその人に呼び止められた。避けようと思えば避けれると言ったけど、向こうから働きかけがあった場合はまた別の話しだ。

「朝霞、由紀」
「柳くん…」

これこそ私の知っている彼だというように、参謀と呼ぶに相応しい顔つきで柳蓮二は私に話しかけてきた。しかも放課後の教室前の廊下。謎解きにはもってこいの場所だ。お前部活はどうした、と言いたいところだったけど、彼の柔らかい笑みに全部のみこまれた。

「なんでしょうか」
「2、3聞きたいことがある」

私はこくりと頷き彼の次の言葉を待った。

本当は逃げたくてしょうがない。無意識に足が柳を避ける方向に向いてるし、視線もなんだか泳いでしまう。先生に叱られているみたいだ。漫画を読んでる時からデータマン怖いと思っていたけど、実際目の前にするとまた格別に怖い。

「お前は幸村について何を知っている?」

ほうら、怖い。

冷や水を掛けられたみたいに身体が冷えて、心臓もひっくり返った。どうして?ってバカみたいに弱そうな声がでて、これじゃ自白してるようなもんだと頭の片隅で誰かが言った。

「10月の頭の3日間、お前は突然精市のファンに混ざっただろう」
「…そうだね」
「それが無意味だとわかると弦一郎に接触した」
「どうかな」
「最初は精市のことが好きなのかと思ったが、それにしては積極性に欠ける」
「話しかける度胸がないのかも」
「自販機の前では話していたと聞いた」

幸村と話したのはその一回きりだった気がする。私が知り得るリアルな幸村は、あの自販機の前にいた彼そのものだった。穏やかに笑って、感情丸出しで。彼は神の子ではなかった。私はあれを見てなお、彼を神の子だと勘違いしていたのだ。だから大丈夫だと。

「そんな顔をするな。お前のせいで倒れただなんて少しも考えていない」
「……」
「ただ、お前の行動の起源を知りたかっただけだ」

口を閉じた私の頭を柳は優しくポンポンと叩いた。

「精市が倒れたあの日、お前は俺ら以上に青い顔をしていた」

「だから気になっただけだ」

まるで、この世の終わりみたいな顔だった、と柳は私の頭に手を乗せたまま言った。この世の終わり、確かにそうだったのかもしれない。あの時まで幸村を中心に動いていたから、一種の区切りだった。

「幸村と、話してみたかったんだ」

「神の子だったから」

半分嘘で半分本当。反応のない柳を見て、すぐ目をそらした。

「人が倒れたの初めて見たんだ。だから怖かった。それだけ」
「…倒れるのに居合わせたんだから容態が気になるものだと思うんだが」
「あんまり。怖くて、関わりたくないのかも」
「……そうか。お前がそういうのならそうなのだろうな」

全く納得はしていないようだったが、柳は小さく頷いてまた薄く笑った。怖いけど、優しい人だ。嘘ついてることわかってるのに、それでも笑いかけてくれる。

「ありがとう、柳くん」
「責められる覚えはあっても礼を言われる覚えはないな」

そう言って柳は背中を向けて歩き出した。私は柳の背中をぼんやり見つめていた。幸村がどうしてるのか聞きたかった。

そんな事を思っていたら柳がピタリと動きを止めたので、思わず口を抑えた。声に出てたかと思った。そういえば、と前置きして、ちょっと離れた柳が振り返える。

「仁王がむくれていたぞ」
「ん?」
「お前が露骨に避けるから。あいつはああ見えて寂しがりなんだ。また仲良くしてやってくれ」
「…何それ」
「お前が思ってるよりあいつは他人ではないということだ」

今度こそ柳は立ち去って、私は廊下の窓から下校中の生徒をぼーっと見ていた。その中にまゆちゃんを見つけて黙って手を振った。気づかれるはずもなかった。私が知らない男の子と一緒だった。彼氏かなぁ。


優しい参謀に寂しがり屋の詐欺師、そして神の子じゃない神の子。彼らについて誤解していたことが沢山あったのかもしれない。

世界を認識するまでテニス部と全く接点のなかった自分自身を恨んで、少し羨んだ。気づかなければ幸村が倒れたことなんかふーん、で終わったのになぁ。


120806
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