次の朝、私は早々に部屋を抜け出して人目につかないところに隠れていた。いい加減にシンさん達の探りがうっとおしくなってきた。私もわからないのに、説明できるはずもない。だいたい異世界だって言ったマスティマさんの言葉も8割くらいしか信じていなかった。バーチャルのほうがまだ信じられる。

気に入ればシンドリアを拠点に、なんて思っていたけれど、もしシンさんがシンドバッドならばすこし面倒かもしれない。

「あっいた!いたよアリババくん!」
「わっ!」

上からくるりと振ってきたのはいつかの三つ編みの少年だった。ぽかんと見てると、待てよアラジン!と例の彼の声が聞こえてくる。う、わわ、どうしようこっちくる。咄嗟に身なりを整えてしまったのは彼を陛下と同一視してる証拠に他なら無かった。襟に延びる手に嫌悪感が過ぎる。

「わ、なんでこんな暗いところにいるんですか?!」
「いや、あの…ハハハ…」

苦笑いしかできない私に彼は小首を傾げてから、まあいいや、と気を取り直したように切り出した。

「ほら、アラジン」
「うん!」

アラジンと呼ばれた三つ編みの少年はぽすと私の隣に腰掛ける。その隣に例の彼もよいしょと声を漏らして座った。じっと少年達を見すぎていたようで、居心地悪げに笑われたので慌てて謝る。

「すいません」
「いや、いいんですけど、何か気になりました?」
「いえ!えっと…!」

言い訳の言葉もでてこず、あ、とかうとか意味のない声をあげていると見かねた少年がおにいさん名前はなんていうの?と遮ってくれて、名を名乗ってないことに気が付いた。

「僕はアラジンっていうんだ!よろしく」
「俺はアリババです」
「あ、私は、ティー、です」

よろしくティーさんと手を差し出したアリババ…様の手を握るのに一瞬躊躇する。ティー、でいいのか、この人に。偽名でいいんだろうか。じくじくと痛む心臓を抑えながら、アリババ様の手に手を重ねる。

「そういえばダンジョン攻略者なんですね」
「え?私…ですか?」
「え、だってそれ」

指を指す先には愛用の銃。多分この六芒星のことを言っているというのはわかるけれど、ダンジョンって…何…。首を傾げる私にアリババ様はほら、と自分の短剣を差し出した。そこには同じようなマークが光っている。

「金属器にはこの印が付くんですよ」
「へぇ…あれ、でもこれ八芒星ですね…」

自分のは六芒星だ、と見えるように差し出すと、興味津々にアラジンくんが覗いた。

「本当だ!これ…少しお話してみてもいいかい?」
「へ?…ど、どうぞ」

武器とお話できるんだろうかと少し興奮していると、アラジンくんが六芒星にピタリと触れた。バッとアリババ様が身構えたので、一応身構えてみたけれど特に何も起こらなかった。

「?」
「あれ?」
「どういうことだ、アラジン?」
「僕と話したいなら、マギじゃダメってことだよ」

突然の声に驚いて横を見ると、いつか見た淡い緑の髪をした青年が片手をあげてほほえんでいた。

「やあ、この姿では久しぶり」
「マスティマさん!実体化できるんですか!」
「うん、まぁね…でも君が疲れるでしょう?」

にこりと笑って言う姿はまさしくあの不思議な場所で見た青年だった。バルバッドの時のように凄く楽しいと思ってるのがありありと伝わってきて、こっちはなんだか疲れる気がする。

「マスティマさん…?っていうのかい?」
「そうだよ!君はマギだね?それとそっちの子は……ああ、アモンの子かぁ…」

楽しそうに目を細めたマスティマさんにぞわりと悪寒が走ったのは私だけではなかったようだ。アリババ様はず、っと後ずさって、それからすいません…と弱々しく呟いた。ア、アリババ様に謝らせるなんて!

「マスティマさん、ダメですよ!」
「…ん。やだなぁ、何もする気なんてなかったよ」

軽く手を振ってにっこり笑う姿はどう見ても優男にしか見えないのに、何故か悪寒が拭えない。なんだろう…マスティマさんって何者なんだろう。何か悪いものでなければいいけど、と内心思っている私の頭にマスティマさんはポンポンと手を置いて今度は優しく微笑んだ。

「この子、ちょっと変だろう?」
「えっ!?」
「うん、変だ…」
「えっ!?」

否定してくれるだろうと思ったアラジンくんは、あっさり肯定して力強く頷いた。変な人って思われるほどアラジンくんと関わってないぞ…。腑に落ちずに顔をしかめて聞いていると、ルフがどうのこうのとかまたしても謎のワードが出てきたので、本当にチンプンカンプンだった。得た情報を総合すると、私が変な人ってことしかわからん。チラッとマスティマさんを見ると、笑みを深くして再度頭を叩いた。

「安心しなよ。僕は君を害することはしないからさ」
「マスティマさん…」
「もちろん、この子が望まない限りは君たちもね」

撫でていた手をそのまま肩におろしてグイッと引き寄せる。アラジンくんもアリババ様もキョトンとしたままこっちを見ていた。なんだろう、この母親といる時の気恥ずかしさみたいなものは…。ジタバタと暴れると、もう一度グイと引き寄せて耳元で、とあることを呟いた。

「  」
「……え?」
「そういうこと」
「いや、あの、意味わかんないんですけど!!」

すべてまるっと無視をして、じゃあ、疲れてるところごめんね。と言うと、ぶわっと煙を出してマスティマさんは姿を消した。よくわからないまま、アリババ様とアラジンくんの方を見ると、同じような表情で目をしたたいていたので少し笑ってしまった。

「マスティマさんはなんて言ったんだい?」
「魂は一緒だから、って」
「なんだそれ」
「さぁ…?」

腹の奥でもやっとするものを残したまま、マスティマさんはそれ以降うんともすんとも言わなかった。
そうこうしている内に、いよいよシンドリアが近いらしい。甲板から身を乗り出してみると、岸はたくさんの国民達が押し寄せて、お祭りムードだった。

「あれが、シンドリア…」

緊張した面もちで呟くアラジンくんとアリババ様を尻目に、私は胃が痛くなるのを感じていた。

やっぱり、商人の帰国って感じじゃあないよなぁ…


130107
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