「…どうした」
「あ、いいえ…」

なんとなく視線を感じてそっちに視線を送ると、うん…まぁジャーファルさんとシンさんが揃ってこっちを見ていたのでそれとなく死角に移動してみた。見えないはずなのに熱い視線がまだ身体を刺すようで居心地が悪い。なんであの人らはこんなに私を気にするんだろう。怖い。
気にしないようにと、必死に目の前の海鳥たちに意識を集中する。キュイキュイと話し合うように鳴いていて、混ざりたいなぁなんてぼんやり思った。空を泳いでるみたいだ。羨ましい。

しばらくそんな風に鳥を見ていて、一匹がすいーと海に着水した時にマスルールさんは思い出したように口を開いた。

「ティー…さんは、家族は」
「呼び捨てで構いませんよ。ええと……私は肉親のことはあんまり…でも家族みたいな人がいっぱいいました」

そう言ってから、隊のみんなを思い出す。例の上司だって怖いけど嫌いなわけではない。ジャーファルさんから本気で逃げられないのはそういうところがあるからだろう。ジャーファルさんから逃げるのは、隠し事を咎められてる気分になるからだ。隠し事っていうのは、ここに来ちゃったのもだし、本名明かしてなかったりとか…そういうことである。
目を伏せていると、頭にポンポンと軽い衝撃が走る。びっくりして顔を上げると案の定マスルールさんが私の頭を撫でていた。

「え…」
「…すいません」

つい、とマスルールさんは表情も変えずに言った。もしかして落ち込んで見えただろうか。生憎頭を撫でられて喜ぶほど若くない。と思ったんだけど、その思いとは裏腹にじわと目尻が熱くなるのを感じていた。

「……あの、大丈夫です。マスルールさん、大丈夫です…」

情けない声がでて、仲間達の嘲け笑いがよみがえってくる。こんな声だしてたら隊の皆だったらふざけておしゃぶりとかガラガラ持ち出す。笑えるような泣けるような感情をグッと歯を食いしばって耐えてると、マスルールさんはもう一度ぽんと頭を叩いた。

「大丈夫だ…また会える」

会えない、とかそんなこと考えたこともなかったはずなのに、その言葉はグッサリと深く心に突き刺さった。ドキリと心臓が沸き立つ。頭に手を乗せたまま立ち上がったマスルールさんを見上げる。じゃあ、だかそんなような言葉を残して、彼はゆらりとその場を立ち去った。未だに心臓がうるさい。心境を表すなら、そう、図星を言い当てられた、だ。

そのままぼんやりと背を見ていたら、マスルールさんがピクリと海の方を見やった。

何だろう、と思ったのもつかの間、ざわりと海が騒ぎ立つ。海が黒くなっている。そう感じたのは気のせいで、実際は大きな黒い影が一面を覆っていた。自然と腰に手が伸びる。

「船内に入りなさい!!」

そう言ったのはジャーファルさんだと思う。その言葉の意味を理解するよりも早く、目の前の光景に完全に目を奪われていた。

グオオオオォ…

船を盛大に揺らし、海から現れたのは怪物だった。恐竜とか、爬虫類に近い気がする。地響きのようなうなり声をあげて、船に大きな大きな影をつくる。獰猛そうな金色の目がギョロリと動き、まるで獲物を探しているようだ。ぴたり、その目が見据えた先には件の王子様がいた。

「ナンカイセイブツだーー!!!」

耳慣れない言葉が看板を騒然と駆け巡る。

やばい。

そう思ったときには銃の引き金を引いていた。かちゃり、とむなしい音だけが響く。そうだ、弾がないんだ。焦りがじわと身体を蝕んだ。

『何かあったら力を貸してあげるよ』

マスティマさんの言葉がふと脳裏を掠める。
彼を死なせてはならない。それだけが身体を占めていた。じわりと身体が熱を持つ。刻まれた六芒星がチリチリと熱を発していた。頭の中でヤツの名前を呼ぶ。

力を貸してくれるんだろう?

「アリババくん!!!」

誰のかわからない叫び声でハッと思考が戻り、顔をあげる。もう彼の目前まで影は迫っていた。

ひゅっと赤い影が過ぎたと思ったら、次の瞬間には怪物は首をひしゃげていた。マスルールさんだ。途端に肩に入っていた力が抜ける。怪物は大きな飛沫をあげ、海の中へと沈んでいった。船は大きな歓声に包まれる。

チリ、と掌が焼けたように疼く。じっとりと手汗をかいている。

ピィと音を聞いた気がしてそちらを見れば、どこか見覚えのある三つ編みの少年がじっとこちらを見ていた。そうだ、あの広場の少年だ。深蒼の目から何故か目を反らすことができなかった。すっと視線を外されて、やっと自分も視線を動かすことができた。

キュイキュイと海鳥が思い出したように鳴いている。さっきの音はこれの聞き間違いだったかな。

ジャーファルさんとマスルールさん、それに沢山の人たちに囲まれて王子様が笑っている。よかった、とそう思うと、途端に銃がずっしりと重みを増した気がした。つまらない、とまるでそう言っているように。

130107
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