キュイキュイと海鳥が鳴いている。今、俺はシンドリアへ向かう船に乗っていた。キラキラと輝く水面が美しい。

どうせシンドリアには向かうつもりだったので、ラッキーといえばラッキーだが、問題はシンさん一行が同じ船に乗っていることである。というか、これがシンさんの船であることだ。正直ジャーファルさんもシンさんも怖いからあんまり関わりたくない(ジャーファルさんについては確実に上司のせいだが)。じゃあなんでこれに乗ってるかっていうと、マスルールさんが港で会ったことを覚えていてシンさんに進言したからだった。断りはしたのだが、何故か推しが強くて結局乗ることになってしまった。

でも、例の金髪の少年も乗っているので少し気分は上昇する。似ているというだけでも、陛下を感じられて嬉しいという気持ちは隠しようがなかった。しかも驚くことに、彼が渦中の王子様だったらしい。びっくりだ。

「しかし…暇だ…」

陽の当たる看板で、チャカチャカと武器の整備をしながらそう漏らす。日課としての筋トレはしてしまったし、下手に目立つような鍛錬はしたくない。書物は乗せていないようだし、是非とも王子様とはお話したかったけど、なんだか落ち込んでいるみたいだし遠慮しておいた。

整備が終わったナイフを一つ一つ仕込みなおして、銃をホルスターにしまえば、いよいよ暇だ。ぴょんぴょんと跳んで異常がないかを確かめながら何をしようか思案していると、ふと視界に影がかかった。

「っす」
「あ…こんにちは」

赤い髪がキラキラ反射して、炎みたいだった。とても綺麗だけど、顔が怖い。自然と顔が笑みを浮かべるのはしかたない。防衛本能だ。マスルールさんはついてこいというように顎でくいと指し、スタスタと歩き出した。

「おおっ…!風が気持ちい!」
「……」

マスルールさんは俺をこの船で一番高いところに連れてきてくれたみたいだった。曰く、暇だろうから客人の相手をしてこいと仰せつかったようだ。お手数おかけします…。さすがに余計なお世話とは言えなかったので、口は閉じておいた。ジャーファルさんじゃなくてよかった。

「……」
「えっと…マスルールさんは、あの赤い髪の女の子と兄弟なんですか?」
「ちがいます」
「へぇ…よく似てらっしゃるから兄弟かと思いました!」
「…はぁ」

会 話 が 続 か な い !!
基本的に自分も聞き役だったのを今更思い出す。上司や同僚はペラペラ喋るタイプだったので、笑うだけで済ましていた。なんて楽な人間関係だったんだろう。
居心地が悪くて、もじもじと動く指先を止めることができない。うう〜ん…何を話せば…。チラリとマスルールさんを盗み見ると、真っ直ぐ海を見つめていて、このままでいいかぁなんて口を開くことを諦めた。

*

「…マスルールじゃ無理でしょう」
「はは、だろうな」

陽の当たる高台に座る2人を見ながら、横のシンに話しかける。この仕事にマスルールは明らかにミスチョイスだろう。ティーと名乗った少年もしばらくそわそわとせわしなく身体を動かしていたが、もうすっかり落ち着いてしまったようだ。

「やっぱり捕らえたほうが…」
「いや、彼はただの流浪人だぞ」

随分と腕がたつようだけどな、と凄く楽しそうにいう主に頭痛がするようだった。あの戦乱のあと、バルバット国民から得た情報を思い返す。

「鳶色の髪、不思議な武器、体格体型、すべて彼に当てはまります」
「だな」
「だな、じゃないですよ。“あの”こともありますし、害は取り除いておくべきです」
「う〜ん…俺個人としては悪い気はしないんだ」

ふとこちらに向いた視線が、怯えたように揺れるのがわかる。この上なくイラつくのは何故なんだろうか。何回も話したことがあるわけではないのに、彼には何故か優しくできる気がしない。

「何かわからないモノは手元においておいたほうがいいだろう」

できれば遠ざけてほしい、そう思う心はシンには伝わらないのだろうか。ジンが嫌がるなんて尋常じゃない。どんな存在だっていうのだ。あどけない少年の顔をしているが、どんな悪魔かも知れない。そうだとしても、この人は手の届く範囲にと考えるだろうが。

「はぁ…私が貴方の身を案じて言っていることは覚えておいてくださいよ」
「わかってるよ」

楽しそうに言うシンが本当に理解しているのかは全くの謎だ。
それにしても、何故こんなに彼に警戒されているのだろうか。もしかしたら、自分の過去を知っている人間…?可能性は捨てきれない。彼を見つめる目に自然と力が入っていたことに気が付き、目頭をそっと手で覆った。

「そう難しく考えるな」
「…貴方はもう少し考えてください」

彼はゆるりと立ち上がり、視界から消えた。


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