アリババくんとアラジンの活躍によって、バルバットは落ち着きを取り戻しつつあった。事態を収束させたのはアリババくんの力が大きかったが、国民を鎮めたのは、アラジンの、いやマギの力によるものが大きく関係しているのだろう。

「シン、大丈夫ですか?」
「ああ…」

無茶をしすぎたとは自分でも思っているが、ジャーファルの心配気な声を聞くとしみじみと反省させられる。もう年なんですから、と冗談めかして言う側近をジト目で見ると、呆れたような視線を返された。ジャーファルには勝てそうもない。
ジャーファルに支えられながら王宮へと歩みを進めていると、一つの影がこちらへ向かってくるのが見えた。

「…ティーくん」
「あ、…」

声をかけると、今気づいたとでもいうようにパッと視線をあげて、それから俺の状態を見て目を丸くする。どうしたんですか、それ!と視線を傷に巡らせながら少し慌てた声で問うた。そういうティーくんは戦乱をものともせず、すこし砂っぽいだけで小綺麗な格好をしていた。

「いや、君が無事でよかったよ」
「っ…私はいいんです!」

怒鳴るように言ってから、「あ、すいません…」と気まずげに目線を反らす。それからジャーファルに向かって大丈夫なんですか?と気遣うような声色で伺い、緩く頷いたジャーファルに安堵の溜め息をついた。そんなティーくんをじっと観察していると、困惑したようにこちらを見た。

「随分、心配してくれるんだな」
「……あ、いや、一応知り合いですし」

そう言ってヘラ、と笑う。あからさまに何か隠しているのに聞き出すことははばかられた。というより、隠してる何かよりもずっと気になることがある。

自分が彼に恐怖しているという事実

いや、正確に言うと俺が、ではなく俺の宿すジンがと言った方が正しい。彼に対してどう思い返しても不快に思うようなことはされていないのに、何か彼からは近寄ってはならない感じを感じていた。金属器を着けていなかった時は感じなかった感覚に、内心首を捻った。

「それじゃ、俺達はいくよ」
「あ、はい。気をつけてくださいね」

恐怖ではなく、畏怖の方が近いか。彼が見えなくなった頃、じわりと広がるそれを2人に打ち明けると、2人とも目を見張って驚いている様子だった。

2人は、感じなかったようだ。


*

「マスティマさん、楽しそうですね…」

コツリと腰の銃を叩く。不思議なことに彼の楽しさが自分の方へも流れてくるのを感じていた。それほどまでの喜びなのかもしれないが。マスティマさんは相変わらず何も言っては来なかった。

シンさんに会ったのは2回目だ。何があったかわからないが、すごくボロボロだった。思わず、向こうの仲間と重ねたことを少し恥ずかしく思う。

「なんとかなったみたいだし、とりあえず……怖かった…」

ふにゃりと地面に膝をついて深く息を吐く。正直に言って、この1、2時間、凄く頑張っていた。

訳がわからぬうちに始まった闘い。どう見たって国民同士のそれに私は頭を悩ませていた。止めに入るにしてもどちらも殺すことはできない。どちらも守るべき市民であるのだ。しばらくそこいらの影に隠れて様子を見守っていたが、革命のための闘いというよりは、憎しみからのそれに見えた。

「ああ……どうしよう…」

壁に背をついて大きく息を吐く。任務、任務だといってくれればある程度割り切れるのに。どうしたって素面のままじゃ闘いには足がすくんでしまう。何回戦場に赴いても慣れない感覚だった。

「…陛下、他国のために力を奮うことお許しください」

影から飛び出して、空に向かって空砲を鳴らした。
殺気立った目がじろりとこちらを睨む。表情をかえないように努めながら、なるべく威圧的に聞こえるように言い放った。

「下賤の者よ!存分に血を流せよ!それでこの国は変わったりなどしない!!」

途端に殺気がこっちにぐわりと向くのがわかる。正直言おう。超怖い。でも、あっちこっちで闘いが起こるくらいなら全部自分に向いてしまったほうが捌きやすい。震え出しそうになる手をぶっ叩いてナイフを取り出す。闘いのプロってわけじゃないし、この人数ならなんとかなる……よね?非常に自信はなかったが、無理やり言い聞かせる。ちなみに、ナイフで殺さないは難しいので、銃のグリップで気絶させるつもりです。

1人が叫び出すと同時に四方から人々が飛びかかってくる。気を落ち着かせるために目を瞑って、ナイフを静かに構えた。


非常に転げ回ったが、結果的にあれ以降の死者はほとんどだすことはなかったと思う。はぁはぁと揺れる肩が不甲斐ない。5割くらいの人を気絶させたところで、皆ピタリと動きを止めて、なんとワンワンと泣きだしたのである。わけはわからなかったが、戦意はなくなったようなのでそっと溜め息を吐いた。
しばらく様子を眺めていると皆宙を見つめて笑ったり泣いたりしているので、だんだん気味が悪くなってきて街外れに逃げてきた。そこでシンさんと出会ったわけである。

すっかり力が抜けてしまった足を引きずりながら、壁沿いにもたれ掛かる。どっと眠気が湧いてくるのを感じる。それに従うように目を閉じて、意識を沈めた。


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