その日の夜バルバットでは何かがあったらしかった。翌朝、壁になんだかよくわからない字で何かが書いてあって、隣のおじさんに聞いたら王宮へこいと書いてあると言っていた。よくわからないから宿に帰ろうと思ったら、なんかテンションの高いおじさんに連れられて王宮の前まで来てしまった。

途中で三つ編みの坊やにぶつかって転びかけているうちに、おじさんは人ごみのなかに消えてしまった。無責任なやつだ。

「何がなにやら…」

この興奮の中、逆戻りなんていう白けた真似はできず、とりあえず人々の視線の方へ目を向ける。ここに来てから毎日のようにみている王宮があって、ぼんやり陛下のことを考える他することはなかった。

「お前」
「え?」

そんな意識を断ち切るように肩を強めに叩かれる。むしろ掴まれるの方があってる気がする。危険な気配にぞわりと背中が粟立つのを感じる。

黒い。

その印象が真っ先に脳にこびりついた。露出された肌は白いけれど、それ以上に黒が印象深い。金色の目がずい、とこちらをのぞき込む。

「…ふ〜ん……またな」

ふ〜ん!?色々な体験はしたけど、全く知らない人にふ〜んって言われたのは初めてだ。ニヤリと笑った表情は敵意ではなかったのに、あの危機感はなんだったのだろう。さっきの黒い人の事を考えてるうちに集まりは解散となったらしく、結局王宮で何をしてたのかはわからず終いだった。


気になったことはそのままにしとくのは気持ち悪い。ということで酒場へやってきた。RPGよろしく、情報といったら酒場が定石だ。口が軽そうなお兄さんを捕まえて一緒に酒を煽る。酔わせなくても答えてくれるかもしれなかったが、面倒事は嫌なので程よく飲ませて聞き出す。
曰く、霧の団の頭が実は王子様で王宮に話しをつけに行ったらしい。マンガみたいな熱い展開だ、と思わず手を打ちそうになった。ここに来て3日ほどの自分でも腐ってると感じるものがあったので、意見が通っていると嬉しい。

「黒い人?霧じゃなくてか?…じゃあ知らねーなぁ」

黒い人については何にも情報がなかった。この国の偉い人かと思ったけど違ったようだ。
何人に聞いても黒い霧?とか言い出すのであの人のことはわからなかった。あと霧は白だと思うんだけど、どうだろう。
多少もやもやするものの、これ以上は無駄だと判断して宿に戻ろうと危なげない足取りで歩く。自慢じゃないが、アルコールには隊で一番強かった。それでも気持ちよくはなるので、鼻歌を歌いながら空を仰ぐ。

は?

遠くに見えたのは、一糸まとわぬ姿の逞しい身体だった。しかも青い。もしかして酒飲みすぎたかと首をブンブン降って目を瞑ったまま宿屋に入った。酔うのも無理ない。ここに来てから気を抜けない日々が続いているしなぁ。こういう時の解決方法はだた一つしかない。

「…寝よう」


起きても国は特に変わってなかった。そりゃ王子様の力でもすぐには難しいだろう。一番手っ取り早いのは今の王様を殺すことだ。推奨はしないけど。悪い王様の側近なんてものすごく強くて、だいたい良い人しかいないのだ。そんな人と志しを持った人が殺し合うのはすごく勿体ない。国のためにならない。というのが持論であり、受け売りとも言えた。

「ふわぁ……何もする事無いなぁ…」

この国の行く末を見るのもいいけど、面倒なことに巻き込まれそうな気しかしない。行くか、シンドリアへ。

シンドリアは七海の覇王、シンドバッドが治める国で、移民を多く受け入れてるらしい。八人将と呼ばれる化け物みたいに強い守護天使がついているそうだ。そして、シンドバッドは7つのダンジョンを制覇した億万長者だと聞いた。移民を受け入れているなら、確かに情報は集まりそうだ。それよりダンジョンって何って話しだが。ダンジョンについては出られないとか危険とかいう”意見“しかなかった。

まあとにかく思い立ったが吉日。さっそく荷物をまとめて港へ向かうことにした。色々聞いた話しによるとシンドリアへはここから船がでてるらしかった。有り難すぎるほど有り難い。と心のなかで手を合わせたのだが、事態はそう簡単には行かなかった。

「え、でてないんですか?」
「前はでてたんだけどねぇ…」

コウテイコクという国に行く船はでてるらしいけれど、シンドリアへの船は欠航してるらしい。シンドリアについては色々と聞き回ったけれど、コウテイコクは全く無知だ。行くのは危険すぎる。少し遠くでがたいの良い赤髪の人が何やら話しをしてるのが見えた。目が合って会釈しあう。マスルールさん、だっけ。

せっかく気合いを入れたのに…と思って宿に帰ってみると、なんと宿が襲われた後だった。そんなに高い宿を取っていたわけじゃないのに宿はメチャメチャにされて、色々な金品が盗られたとおじさんが嘆いていた。それだけ、国民が限界を感じているということだろう。

宿はなくなってしまったし、他の宿をとろうにも皆それどころじゃないといった感じだった。私は一体どうしたら。歩きまわっていたらスラムの方まで入ってしまったらしい。道のそこここにうなだれて座り込む人たちがいた。ふと故郷の光景が過ぎる。あの人が王になるまでは、あそこもこんな風だった。

人一人の力でも国は変わる。きっかけさえあれば。

「わ、あ!」
「うわ!」

ぼんやりしていたら駆けてきた金髪の少年と思いっきりぶつかってしまった。すいません、と言いながら差し出された手を有り難く握る。その瞬間、何か暖かいものを感じた。あ、この子。

「本当にすいませんでした!急いでるので失礼します!」
「あ…」

ジャーファルさんみたく顔や声が似ていたわけではない。でも何故か彼は俺の一番大切な人を思い起こさせた。揺れる金色を見つめて立ち尽くす。

「陛下……」

あの少年こそ、きっかけなのではないかと予感めいたものが脳裏をよぎった。


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