「いえ、大丈夫です!」

少年はそう口早に言ったので、そうですかと席に戻る。驚いた様子だったことが多少気になるが、初対面であまりつっこむと逆に警戒されかねないので引き下がる。

「彼は何と?」
「大丈夫、だそうですよ」

ほう、と息を吐くように相槌を打つ我が王の興味は未だ少年からそがれないらしい。面倒なことになったと、後ろに控えるマスルールに視線を送ると知りませんとでも言うように視線をずらした。当の王、シンドバッドは机に頬杖をついて少年を見やる。ただでさえ厄介なことを請け負っているのだから、これ以上増やすな!と言っても厄介事を引き寄せる体質にも等しい彼には通じるはずもなかった。

面倒くさいといえば、先ほどの少年もである。シンがこれ見よがしに視線を送っているというのに、先ほどからチラチラと怯えたような視線を投げてくるのは間違いなく自分のところだ。

「ジャーファル、彼、気にならないか?」

さっき自分が動くはめになった言葉を再度繰り返す。とてもじゃないけど気になりません、とは言える状況ではないのも確かだ。はーと深く息を吐き、シンに問いかける。

「捕らえますか?」
「いや、そこまでしなくていい。少し話しができればいいんだが」

言わずもがな連れてこいと言っている。再度席を立ち、件の少年に話しかければ、どもりながらも了承した。少年の視線の先には、胡散臭い笑みを浮かべるシンではなく、やっぱり自分がいた。

*

ドギマギとする心臓を必死で抑えつけながら、先ほど話しかけてきた人物を盗み見る。よくよく見れば、上司の2Pカラーのごとく白い髪をしていたし、身長も上司のそれよりかは低い。でも声や顔は瓜二つだった。全く、心臓に悪い。

しばらく観察していると、一緒にいる男前と二言三言言葉を交わし、まためんどくさそうにこちらへ向かって来たのだった。ちなみに、彼は面倒くさいなんてこと少しも出していないが、上司がめんどくさい時に浮かべる笑顔にそっくりなのでそう思ってるだけだ。

「何度もすみません。彼が、どうしても貴方のことが気になるようでして…私たち商人をやっているんですよ。お力になれることがあるかもしれません。どうですか?お話だけでも」
「え、あ、はい」

にこりと浮かべた笑顔に思わず身を引いてしまったが、有り難い言葉ではあったので素直に頷く。それと、従わなくては、という本能的なものも手伝った。

「やあ、俺はシン。商人をしているんだ。それからこっちはジャーファル、そしてマスルールだ」
「はぁ…はじめまして、私はティーと言います」

男前な方、もといシンさんが人の良さそうな笑みを浮かべて手を差し出す。反射的に手を握り返すと、ゴツゴツとタコのようなものが出来ていて多分商人ではないんだろうな、と思った。それかよほど鍛錬が好きな商人か。

ちなみにティーというの通称で、所属する隊の隊員に割り当てられたアルファベットである。自分はTだから特に気にすることなく偽名として使えるが、Wの奴は嘆いていた記憶がある。

「それで、何を悩んでいたんだ?」
「ええと、シンさん達は色々なところを回っていますか?」

もちろん、とでもいうように強く頷く。

「俺、とある情報を探してまして…情報が集まりそうなところに行きたいんです」
「ほう…情報か…」
「はい。あと、恥ずかしながら国をおわれていまして…できればどんな人でも住めるような所も探しているんですけど…」

頭を少し掻きながら話すと、視線が少し同情的なものに変わる。こんな時はいつも自分の容姿に感謝する。もう23になろうとしているのだが、いつまでたっても幼い顔立ちをしており、よく十代に間違えられた。大抵潜入の時にはこんなことを言えば、なんかヘマしたんだろうなぁ、的な目で見られるのだ。まぁ、少し困った顔をしていると上司に今度は何したんですか、と声をかけられる厄介さも含んではいたのだが。
ジャーファルと紹介された青年をチラリと見やる。どう見たって上司のそれで気持ちが悪くなってきた。

「それなら、シンドリアに来るといい!」
「ちょ、シン!」
「移民はいつでも受け入れているし、何しろ七海の覇王が治める国だからな!」

シンドリア?と復唱すると、ジャーファルさんが咎めるようにシンさんの肩を小突く。なんだろう…ジャーファルさん行って欲しくなさそうだし、やめた方がいいのかな?そもそもナナカイノハオウって何だかがわからない。

「シンドリアを知らないのかい?」

ジッと探るような目つきで見られて息を飲み込む。どうやら、知らないのはおかしいことのようだ。有名な国なのかもしれない。でも、今から否定するのもおかしいように思えて、すみません、世間には疎いんですと誤魔化した。

「シンドバッドって知ってるかい」

その問いにもふるふると首を振る。シンドリアといい、シンドバッドといい、シンさんといい、なんだかシンがいっぱいつくなぁと考えてハッとする。んん?もしかしてこの人がシンドバッドなんじゃないか?いや、まさかそんな…
チラリと見たジャーファルさんは明らかに警戒するような目つきをしているし、マスルールさんはすごく屈強そうな身体をしている。それにシンさんなんだか、オーラがある。これは、もしかしたらもしかする?いや、シンがつく人が世界に何人いることやら、だ。

偉い(かもしれない)人に目をつけられるのはろくなことがない。というのは軍での教訓だ。

「シンドリア、ですね。ありがとうございます。考えてみます」

口早にそういうとお礼もそこそこに席を立って宿に戻った。多少無礼かもしれないがもう関わらなければ良いことだ。


「ちょっと、気になりますね」
「だからそう言っただろう」

後ろの3人組がそんなことを話してるなんて、聞こえないフリをした。
マスティマさんは相変わらずだんまりだった。

121210
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