ガヤガヤと人の話し声がこだまする。活気があふれていて、とても気持ちがいい。海が近いし、ここは貿易港なのかもしれなかった。そこらでバルバット名物〜と聞こえるから、ここはバルバットという街なのだろう。


街への到着は案外すぐだった。とは言っても5日ほどかかったのだが。ーーー森をでるとそこは砂漠でした。とかの有名な小説の冒頭を思い出す感じだったが、その通りだったのだからそれ以外に言いようがない。えっ砂漠の中に森?と思って後ろを振り返ったら不思議なことに森は忽然と姿を消していて、そこには泉があるだけだった。背筋が寒くなり、水を汲んだだけで、そこからは足早に立ち去った。

コンパスを見ながら南へと向かう。これほど軍の支給品に感謝したことはなかった。実際の戦闘のときはキャラバンを携えて行くし、遭難したことはなかったから、携帯食糧も、軍服も、これほど砂漠越えに適したものだとは知らなかった。2日ほど歩いたところで、運良く(向こうにとっちゃ運悪く、だが)盗賊に襲われているキャラバンを見つけ、それを助けた所乗せてもらえることになったのだった。正義感万歳だ。

でかい街に行くか?と聞いたら、なんとかという街に行くと言っていたけれど、バルバットと言ったらしい。早口で何と言ったかはわからなかったが、まず何より言葉が通じたことに安堵したのでどうでもよかった。どうせ行き先を聞いたところで、わからない可能性の方が高い。ヤツの話しを信じたわけではなかったが、嘘をつく理由も見当たらないので8割がたそう思っていた。


すうと息を吸い込むと海の匂いが肺に広がる。故郷を思い出す、懐かしい匂いだった。
街に着いてすぐしたことといえば、地図と服を買うことだった。地図は言わずもがなだが、服の方はキャラバンの人達に散々不思議な服だと言われたからだった。なんだがふぁんとか言う紙幣を使うらしくめんどくさいことこの上なかったが、1割多く払うというと快く買わせてくれた。宿もさっさと取り、地図を広げる。で、頭を抱えることになる。

「知らねぇ…」

この国知らなーいはまぁある感情だったが、この大陸知らなーいは初めてだ。ベッドに倒れ込み、思案する。図書館の類は無いと言っていた。書物なら王宮に行かないと、と。たしか、サルージャ家といったか。その名を嬉々として口に出す者もいたが、苦々しく笑う者もいた。なかなかこの国も複雑らしい。スラムのようなものもあったし。いや、自分にここの政治は関係無いんだけど。国に携わっていた者として心が痛むものがあった。

「ダメもとで、行ってみるかなぁ…」

そう思いつつも、向こうにいたころも含めて久しぶりのベッドは身体を離してくれずフィデルはさっさと眠りについたのだった。


翌朝。何か夢をみた気がするが内容はすっかり忘れていた。ただ、ヤツの名前が判明した。居場所も。

「よし、お前は留守番だ」

マスティマさん、と銃を軽く叩く。なんだかよくわからんが、本当に魔神の類だったんだろうと結論づけた。じゃないと気持ち悪くてやってられない。因みに気持ち悪いからお留守番じゃなくて、さすがに王宮に堂々と武装して行くのはどうかと思うから置いていくだけだ。断じて。


王宮に近づくにつれてチャラチャラと着飾った人が増えてきた気がする。貴族というやつだろうか。そんな金あんなら腹減ってる人に飯買ってやれよ…とか思うだけ思う。ここがどんなところかわからない限り、手は出せないのだ。ウチの基本スタイルは“郷に入っては郷に従え”だから。そいつらを横目で見て、王宮の門兵に近づく。なんか近づいた時点でもう武器構えてるんだけどなんなの…?

「えーっと…すみません、」

斯く斯く然々と説明すると、なんか棒を突きつけられて帰れと言われた。霧の団なんて厄介な連中もいるのに不審者を入れられるか!と怒号を浴びせられて。なんかよくわからないけど、大変らしい。

はー、と落胆のため息がでる。マスティマさんを迎えに行って、近くの酒場に来ていた。別にマスティマさんと一緒に居たかったわけではなく、右の腰が軽すぎて落ち着かないだけだ。椅子に身をしずめてうなだれていると、頭上から懐かしい声が降ってくる。

「何か悩み事ですか?」

顔を上げて、悲鳴を上げなかったことに賞賛の拍手を送りたい。服装は違えど、上司そっくりの顔をした青年がめんどくさそうに自分をのぞきこんでいたのだ。目を見開いた俺と対象的に、彼は不審気に目を細めた。


121210
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