軟禁を解除されて幾日か。忘れられていた詫びとしてどうしてもと言われたフィデルは王宮に拠点を置いていた。

一日中本を読んでるのも何だと思い、王宮の仕事を手伝うことにした。そのため、すっかりレアものと化していたフィデルの姿はそこかしこで見かけるようになっていた。

そんな姿をもの影からみつめる目が一つ。

「っ………」

侍女と話す姿を見つめて、二の足を踏む。どうしようか。話したいけど、あんな事があって気まずい。裏切られたと思って、裏切った気でいて、こんな平然とうろちょろされると…っ

「あれ?サイさん?何してるんですか?」
「ヒッ…アリババ様っ!えっと、これは〜…」
「あ、いたいた。おーい!フィデルさーん!」
「えっ、ちょっと待って……」

フィデルの丸っこい目がこちらを見る。アリババとサイの顔を交互に見て、ふにゃりと笑った。ああ、もう、どうしてそういう…

「サイ、久しぶり!アリババ様こんにちは、何かご用ですか?」
「お久しぶりです……」
「シンドバッドさんが、フィデルさんと手合わせしてみろって言うんだけど、この後時間あります?」

アリババの問いに笑顔で応えながら、フィデルの手はサイの髪をサラリと撫でる。サイは自分の体が緊張で堅くなっていくのを感じた。混乱する頭を落ち着けるように、一度ぎゅっと目を瞑る。
フィデルは、では少し準備をしたら行きます。と締めて、アリババの背を見送った。見えなくなるとサイに向き直り、またにっこりと笑う。

「サイ、髪伸びたね」
「え、あ、はい。ティーさ…あ、フィデルさんも」
「ティーでいいよ。そうだ、髪切ってくれない?流石にこのままじゃみっともなくって」

何事もなかったかのようなフィデル…ティーの態度にサイは戸惑いを感じつつも頷いた。


首もとと床に布を敷いて、フィデルは自分のナイフをサイに渡した。映った顔がはっきり見えるほど綺麗に磨いてある。

「本当に私でいいんですか?」
「他に任せられる人がいないんだ。頼むよ」

申し訳なさそうに眉を下げたフィデルにサイはゴクリと喉を鳴らす。人の髪なんて切ったことない、なんて言い訳は通用しなさそうだ。覚悟を決めて、髪に刃を当てる。少し引くとパラリと鳶色が散った。その間フィデルは一言も喋らず、ただ静かに少しうつむいてじっとしていた。


少し、切りすぎただろうか。

「終わった?」
「はい」
「ありがとう」

手で髪を触るとフィデルは納得したように二、三度頷いた。そしてもう一度ありがとうと笑う。

「さて、じゃあ…」
「あ、はい」

アリババの所に向かうのだろう。フィデルが立ち上がると肩に落ちていた髪がパラパラと舞う。しかし、まっすぐ出口の方を見つめているにも関わらずフィデルは動かなかった。

「…ティーさん?」
「あ〜…サイ…」

ふーっと深く息を吐き出して、背中を向けたままのフィデルは気まずげに頭を掻いた。そしてややあって、あのね、と言葉を零す。

「不謹慎だけれどね、あの時嬉しかったんだ」
「…」
「ここには俺のために…俺のせいで泣いてくれる人はいないと思ってたから」

だから、ありがとう。

そう言って振り向いたフィデルの顔は赤く火照っていて、緊張していたのが自分だけではないことにサイは安堵して笑ってしまった。それに益々顔を赤くしたフィデルは空中をギロリと睨んで、サイに聞こえないほど小さな声で何事かを呟いていた。なんだろうと思いもしたけれど、それどころじゃないほど笑けてしまってしようがなかった。

「全く二人とも酷いよ…じゃあ、俺そろそろ行くね」
「はい!いってらっしゃい!」

二人、と形容したことでフィデルの近くに例のジンがいたんだと合点がいった。全く謎だらけの人だけど、私と仲直りしようとしてくれたということは言わずともわかった。髪を切ってくれなんていう可愛らしい口実を使って。

足早に去っていく背中を見つめてクスリと笑いをこぼす。未だに耳が少し赤い。

「やっぱりちょっと切りすぎたかな」

それのお詫びでも口実に酒場にでも誘おうかと、サイは仕事のスケジュールに思いを馳せた。



130908
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