それはさて置き、とフィデルは自ずから場の空気を切った。そうしなければずっとこの葬式のような空気が続いただろう。フィデルはシンドバッドがしたように、こちらに来てからの事を洗いざらい告白して、元の場所に帰るための方法を探したいから出してほしいと懇願した。

「それは勿論そうしてあげたいのだが…」

勿論、と言った時点で見えていた希望がその後の沈黙でショボショボと縮んでいくのをフィデルは感じた。シンドバッドは少し考える素振りをしてから、いや…と切り出した。

「君がある条件を呑んでくれるなら是非そうしよう」
「条件…?解放してくだされば直ぐにでも国を出ますが…」
「いや、それでは駄目なんだ。君の力が必要だから」
「??」

シンドバッドは、この話は君のジンを交えてしたい、と言うとじっとフィデルの斜め上の所を見つめた。すると、不機嫌そうな顔のマスティマがすぅっと姿を表した。

「僕からも条件があるんだけど」
「何だ?」
「アラジンを呼んできてよ。その方が話が早い」

シンドバッドはコクリと頷くと、ジャーファルにアラジンを呼びに行かせた。フィデルは自分が余りにも何も知らないので、ここにいる意味があるのかと真剣に考えていた。顔を挙げると、同じような顔をしたアリババと目が合ったので少し癒される。

「アリババ様。イアさんからアリババ様が私の事を気にしてくださっていたと聞きました。ありがとうございます」
「いや!そんな…」
「そうだな。アリババくんが言ってくれなかったら君の事忘れたままだったかもしれない」
「アリババ様が…?」
「本当はもっと早く言えれば良かったんですけど…」
「いえ!ありがとうございます!」

シンドバッドはフィデルの様子を目を細めて見ていた。異様にアリババに傾倒しているように見えるが、気のせいだろうか。なんというか目が輝いているような…。

シンドバッドが妙な疎外感を感じ始めた所で、ジャーファルがアラジンを連れてやってきた。アラジンは3人を交互に見て、アリババの横に座った。

「先にこっちの話をしていい?まず、改めてこの子の事なんだけど」

アラジンが腰を落ち着けると同時にマスティマはフィデルを指さして口を開いた。今更自分の話をされるとは思ってなかったので、フィデルは内心驚いていた。

「マギにはわかるだろうけど、彼は普通じゃない」
「うん。ルフが…ないんだね?」
「ない?」
「彼は、この世界でいう人間ではないんだよね」

よもや自分が人間ではないなんて言われるとは思っていなかったから、フィデルは1人狼狽えたが、その場のジャーファル除く全員が納得したように頷いた。何か感じるものがあるらしい。

「で、僕はフィデルくんと契約したわけじゃなくて、勝手にくっついてるだけ」
「…は?」
「銃に刻んだ印もただのお飾りなんだよね。確かにあれに入れるっちゃ入れるけど。迷宮から出てくるのにフィデルくんは必要だったけどもう何処にでも行けるよ」

「勿論煌帝国にもね」

マスティマの話で緊張感が走る。ジャーファルが酷く殺気立っているのが、フィデルにはありありと感じられた。思わず背筋が伸びる。マスティマは楽しそうに笑みを深めてから、冗談だよ、と付け足した。

「まあ暫くはフィデルくんと一緒にいるかな〜。なんだか彼色んな事に首つっこみそうだし!」
「突っ込む予定はないですよ…」
「あ、勘違いしないでほしいけど、フィデルくんをこっちに連れてきたのは僕じゃないからね!それで?そっちの話は?」

あくまでマイペースに話を進めるマスティマにフィデルは苦笑いした。マスティマが連れてきたのでは?と勘ぐってなかったわけでもないが、差してがっかりはしなかった。

「ありがとう、マスティマ。フィデルくん、俺達は長年その力を手に入れたくて砂漠の迷宮を調べていたんだ」
「そうなんですか」
「攻略することのできる人材はいたんだけれどね、出来なかった訳がある」
「なんでなんですか?」
「入り口がなかったんだよ」

でもそのお陰で煌帝国も手を出せなかったんだ。
シンドバッドは心底安心したような顔でそう言った。そんな顔されても自分には何もできない。マスティマが言ったように、自分にマスティマを使役する力はないのだから。

「つまり、マスティマを連れてきてしまった以上、君は煌帝国と…組織に狙われる可能性がある」
「組織?」
「ああ、そうか…そこもか」

シンドバッドは淡々と組織のことを説明した。フィデルにはそもそも運命とかルフとかの概念が無いわけで、非常に分かりにくかったが、なんとか理解したつもりになった。

「つまり、運命を逆流させようとする組織があると…」
「まぁ、そういう事だ」
「……私がその迷宮を攻略したって事は知られてないわけですよね?」
「おそらく、今はまだ、ね」

つまり近い将来バレる、と。
面倒なことになった。フィデルは深く溜め息をついた。極力人の記憶に残らず去るはずだったのに、世界を動かす組織に狙われるだなんて…笑える。

「それで?私が解放される条件というのは何です?」
「ああ。まず、マスティマについてわかったことがあれば報告すること」

「もうひとつは、この世界にいる間はシンドリアに籍をおいてほしい。組織の連中はまだしも、煌帝国は手出しし難くなる」

「最後に、君が行動するときは必ずシンドリアの者を付けさせてもらう」

シンドバッドは君を守るためだ、と言ったけれど、敵に戦力を与えないことが一番の目的だということは丸わかりであった。それでもフィデルには頷く他道はなかったし、条件自体は別に厳しいものではなかった。

「わかりました。ただ、シンドリアに籍は置きますが、この国に何が起きたとしても私は戦力としては参加いたしません。この力は、私の意志でしか使用しません」
「…」
「マスティマさんを使役したいのなら、勝手に説得してください」
「…わかった。交渉成立だ」

シンドバッドが差し出した手を、フィデルは内心嫌々握った。厚くて堅い手で、苦労してるんだなぁとすぐに分かった。
でも、好きになれない。国を束ねる人は大概ズルい人だから。


130614
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