ドーンと大きな音がして、空に大輪の花が咲く。
その下では美しい衣装を身にまとった女性や、すっかり酔っ払った男性、ここ、シンドリア国民がみな楽しそうに思い思いの時を過ごしていた。
フィデルもその様子を見て、ゆるりと口元を緩ませた。

ただし、部屋の中から。

「何が起きてるんですかね、マスティマさん」

自身に憑いた何かにそう問いかけるも、なにも返ってこない。それを気にするでもなく、ただぼんやりと窓の外を眺めていた。

昼間、少し遠くに何か大きな影が見えたと思ったら小さい何かが飛び出してあっという間に細切れになっていた。それから大きな歓声が聞こえて、それっきり祭だ。いつもは定期的にだれかしら訪ねてくるのに今日は誰もこない。なんか、数日前にシンさん帰ってきたとか来ないとか聞いた気がするんだけど。

あの、俺忘れられてないですよね…?

一抹の不安がよぎる。まさかここで飼い殺しみたいなパターンはないだろうか。

接触を断たれるという事態が一番困る。会話さえさせてもらえればなんとか交渉して自由の身になれる。シンさんくらいの良心があればそれはきっと容易だ。敵意さえ見せなければいい。でも、会ってさえもくれないとなると…

窓を離れ、ベッドへと腰を落ち着ける。今日もふかふかのベッドが最早嫌味にすら感じる。

シンさんのことを考えるのも飽きた。早く帰ってこいと願いすぎて、自分はシンさんに恋でもしてるんじゃないだろうかと錯覚してしまいそうだ。いや、夫にするなら断然アリババ様だが。

「いや…ないない」

苛立ちで混乱した思考を頭を振って断絶する。じわりと押し寄せる自己嫌悪に沈んでいると、コンコンと控えめなノックが鳴った。いつもなら間髪いれずに耳触りな鍵の音がするがそれは聞こえず、それどころか入ってこようとする気配もない。不思議に思ったフィデルはドアに近づき、声を掛けた。

「どちら様ですか…?」
「イアです。お食事お持ちしました」

イアというのは、最近面倒をみてくれている侍女だ。齢は20代ほどだが、落ち着いた雰囲気のある女性だった。彼女が食事をもってくるということは、ひとまず忘れられたわけではないらしい。ということは、故意にか。

「今日は、入ってこないんですか?」
「困った事に、1人なので手が塞がって開けられないのですよ」
「あらら…どうしましょうかね。今日は他の方は?」
「謝肉祭なので無礼講、という名の職務放棄してます」
「……皆さん楽しんでらっしゃるんですね」

床に置いてはいかがです?という提案は汚いからという理由で却下された。この中にいては手助けも出来ないし、どうしたことか。食事があると思うとお腹も空いてきてしまった。
軽く頭を悩ましていると、ガチャリとドアが開いた。

「あれ、どうやって……」
「持っていただきました。……あなたのジン、ですか?」
「ええ〜……」

薄い緑の髪は確かにマスティマである。彼は紳士的にイアを部屋に招き入れて、ふわりと消えた。

「1人で来て良かったんですか?」
「あら、持ってこない方がよろしかったですか?皆浮かれて貴方のことすっかり忘れてますよ」
「あはは……ありがとうございます」

普段は食事を置くと侍女はすぐに下がるが、今日は食事を置くとフィデルの正面の席へと腰掛けた。食事をするのもはばかられてイアをじっと見ると、お気になさらずと上品に笑った。そういわれても気になるものは気になる。

「まだシンドバッド様に会えていないそうですね」
「やっぱり…帰ってるんですよね?」
「ええ。アリババ様が貴方のことを随分気にしてらっしゃいましたよ」
「え?」

どうしてアリババ様が?
その疑問にイアは首を傾げるだけで答えた。大して話してもいないのに気にかけてくださるとは…アリババ様はどれほど素敵な方なのだろう。フィデルが感動に打ちひしがれている間、イアはちょうど、マスティマが消えた辺りをぼんやりと眺めていた。

「ん?どうかしました?」
「いえ…さっきのジンは、」
「ああ、すぐどっか行っちゃうんです」
「随分過保護なんですね」
「は?」
「呼びにきたんですよ、彼」


フィデルがおなか空かせて寂しそうだから行ってあげてよ


むず痒い。じわりと湧きだすような熱を誤魔化すために、フィデルは目の前のパンに齧り付いた。心なしかいつもより水分が奪われる。気のせいか部屋の空気も妙だ。

恥ずかしがってる。

あの、飄々とした彼が。

その事実が益々心臓を引っ掻いて、小さく息を漏らしてからイアに感謝の意を述べた。それから心の中でマスティマにも。もちろん、全部伝わっているだろう。
この、笑いを堪えてる感じも。

翌日平然とした顔で姿を現したマスティマに、フィデルは笑いを堪え切ることが出来なかった。


130522
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