"日常"の夢をみた。
上司の扱きにヒィヒィ泣いて、大して美味しくない軍の食事を食べて、国の平和に祈りと身体を捧げる。陛下がお忍びでやってきて、少し言葉を交わしたりした。緩く微笑む陛下の瞳に、私の鳶色が映る。

「……うわ」

目を開けると、ボロボロと涙を流していた。
ドン引きだ。ふーっと息を深く吐いて脳内を正常に戻す。元々いつ会えなくなるかも知れない職業なのに、何してんだ。悲壮感よりも、むしろ嫌悪感が大きい。

それもこれも全部ジャーファルさんのせいだ。

昨日、久々にジャーファルさんが部屋を訪れた。ジャーファルさんは、ベッドに腰掛ける私を立ったまま見下ろし、アリババくんから聞きました、と静かな声で言った。

「ですが、あなたの口から直接聞きたい。おそらくシン様の前でも同じ質問をすることになると思います。面倒かと思いますが、答えてください」

スゥ、と目が細められる。ゾワァと悪寒が背中を走っていく。うわぁ…この感じ嫌だわぁ…

「貴方、何者ですか」

分かるだろうか、私の気持ちが。上司とは言え親しい人と全く同じ顔に向けられる明らかな敵意。別人だと理解してても、なんとなく傷つくもんだ。そりゃ、蔑んだ目とか、汚いものを見る目では見られたことあるけど…!

グッと奥歯を噛みしめて、顔は平静を努める。

「…違う世界から来ました。フィデル・ウィオラです」

何この転校生みたいな挨拶。子供じみていて恥ずかしくて、そっと軍人です、と付け加えた。あんまり改善されていない。
私の羞恥心には気づかないまま、ジャーファルさんは顔をしかめた。

「別世界など……俄には信じがたい。何か証拠となるものは?」
「証拠なんて…私だって信じられなかったのに」
「どうして、信じたんです?」

どうして?

「そうじゃないと、帰れないわけが納得できないからですよ」

酷く苛つく。理解できんだろうよ、そんな非現実的なこと信じるなんてさ。俺だって立場がそっちならそうだよ。

「アラジンは、何か分かるみたいですから彼に聞いてみたらどうですか」

自分でも角が立っているのがわかる。愛想笑いでもしてくれれば気が楽なのに、彼は努めて真顔のままそうですねと緩く頷いた。

「では、この間お聞きした砂漠のダンジョンについてですが…まず、金属器らしきものを身につけていないはずですが、なぜ彼はここに?」
「知りません」

楽しげにフワフワと宙を漂っているマスティマさんを互いに睨みつけながら話す。どこから入っただとか、中はどんなだとか、何故六芒星だとかいくつか質問をされたが、中の様子以外はどれも曖昧にしか答えられなかった。つーか答える義理もないっていうか…

「キミなんでそんなに彼に対してひねくれてるの?」
「黙って」
「嫌な上司に似てるから?」
「マスティマさん」
「それとも自分に似てるから?」
「黙れって!」

マスティマさんはペロと舌を出し、微笑んでからしゅるりと姿を消した。うそつき!充分気分を害してるじゃないか!何が害をなさないだ。盛大に顔をしかめた俺に、ジャーファルさんは少し驚いたような表情でへぇだかなんだか小さく呟いた。

「貴方も怒鳴ったりするんですね」
「…そりゃあそうでしょう」
「少なくとも私の前ではださないと思ってました」

ジャーファルさんは少し笑って小首を傾げてそう言った。言いたいことは数あるけれど、唇を噛んで我慢する。この人にどうこう言っても恐らく無駄だ。いい印象を残すに越したことはないけれど、なんかもう…

(めんどくさ……)

「じゃあ、最後に」

あなたの国について聞かせてくれませんか?

その言葉に嫌々ながら緩く頷いて、ぽつりぽつりと国の話をした。異界の国のことなんて話しても無駄だし、もちろん詳しく話すつもりはない。

「で、そことの貿易が大成功しまして!」
「そうですか」
「あ…」

この口が!!!

異界ということに胡座をかいてペラッペラと国のことを話していたダメ野郎は私です。さぁっと血の気が低くのがわかる。軍人たるものが国の政治をペラペラしゃべってどうするんだ。いや、ただでさえね、ドラコーン様とのアレで口がムズムズするような感覚を感じていたのにね?こんな聞き上手な人に促されたら…いや、俺の落ち度だ。陛下すいません…。

一人脳内反省会を繰り広げていると、ジャーファルさんは静かにありがとうございました、と言って、特に問い詰めることもなく部屋を出て行った。マスティマさんもどこかへ引っ込んでしまって、部屋には私一人だ。静かすぎて、なんだか耳が痛い。

「陛下…」

さっきまで広がっていた光景がふっと消えてしまった。口に出すだけで、あんなに鮮明にここにあったのに。

「私、国のこと他国の人に喋っちゃいましたよ…叱らなくていいんですか?」

当然返ってくる言葉はなく、私の声は部屋の空気に溶けて消えた。
現実を見るのに嫌気がさして、目を閉じる。そのまま意識は沈む。このまま溶け出して、海に帰りたかった。

ここは、どこだ。


「……うわ」

で、冒頭に戻る。
まだ日ものぼり切っていない。マスティマさんもいない。現実逃避してみたところで、何も変わりやしなかった。当たり前だけど、それに無性に苛つく。

「帰りたい……けど知りたい…」

ここで見たいくつかの情景が浮かんでくる。あちらでは有り得ないことが、ここでは普通に起きる。それは確実に自分の知識欲を刺激していた。

それでも、

陛下が、家族が、いないこの世界に限界を感じているのも事実。一生会えないどころか、誰も存在を知らないなんて。

どうにかして、両方を満たす方法はないのだろうか。


脳裏に浮かんだのは、やはり彼の姿だったのだけれど。


130325
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