「ティーさんのこと、どう思いましたか?」

集められた部屋で、開口一番に問われたのはそれだった。正面に見える円卓には、ピスティ様、ドラコーン様、そしてジャーファル様が座っている。その円に入ってないとはいえ、錚々たる面子に囲まれて、緊張しないわけがない。同じ部屋にいると思うだけで萎縮してしまう。私は堅くなった身体を解すように、軽く息を吐いた。

「別に行動に怪しいところはなかったと思うな〜。でも、あの鳥」
「鳥?」
「そう、文鳥。あの子の足に銀の筒が括りつけられてたんだけど、そこに何かの紋が彫ってあった。それに、あの子随分訓練されてるみたいだったよ」

ピスティ様は記憶を手繰り寄せるように、うんうん、と頷きながらそう話した。それにジャーファル様は迷うようなそぶりを見せ、それからドラコーン様の方へと視線を投げかける。ドラコーン様も少し考えてから、ゆっくり口を開いた。

「私も、行動が怪しいということは感じなかった。ただ、彼が本来操る文字、それが一つ気になる」
「文字ですか?」

私はドラコーン様の言葉に思い当たる節があった。ティーさんが使う文字、それは私たちが使うそれとはまったく違くて、おおよそ変な幾何学模様が書いてあるようにしか見えなかった。でも、私の書く字に沿って書かれるそれは、どう考えてもふりがなであるとしか言いようがなかった。私はそれほど知識に富んでいるわけではないので、そういうものとして処理していたが、そういうわけにもいかないようだ。

「彼が使うのは、トラン語ではないだろうか」
「彼がトランの民だと…?」
「いや、言葉は私たちと同じようだからそれはないだろう。私もトラン語を正確に読めるわけではないから、我が王に頼るしかないが…」

御三方の話を聞きながら、今までのティーさんの行動を思いだす。確かに不審な点はいくつかあった。でも、彼と接するうちに、打算があって何か隠し事をしているとは思えなくなってしまった。こんなの、ただ肩入れしているだけだ。彼がクリアーだというなんの証拠にもならない。

「あとは、適応力がある」
「ああ!それ私も思った!受け入れるのが早いっていうか…」
「うむ」
「なるほど…」

少し、同じ匂いがするのだ。

ジャーファル様と、私と、同じ匂い。
暗い雲が腹の奥にどっしりと居座る。重くて、苦しい。あのへらへらした笑顔も、言葉も、全部、嘘かもしれない。

「サイ」
「…」
「サイ!」
「は、はい!」

あなたは、どう思いますか?

ジャーファル様の鋭い視線が刺さる。
私が知ってるあの人は、得体が知れなくて、ちょっと間抜けで、それでいて、笑顔が優しい。それが、私の知ってるあの人の全てだ。
でも、私は…

「…私は、悪い人ではないと思います」

そうですか、と短くつぶやいて、ジャーファル様はふぅ、と息を吐いた。しばらく、思案するように目をつむって、ややあってから私たちを見まわして口を開いた。

「私も、害をなすような方とは思いませんでした。ただ、何かを隠しているのは確かです。手放すことは王のご意志ではありません。でも宮中をうろつかせるのは気になる。サイがついているから大丈夫かと思いましたが…」

「彼を軟禁しようと思います」

*

今日も今日とて、王宮に顔を出す。あそこにある本は膨大すぎて、もう2ヶ月ばかり篭っているというのに、まだ読んだ本は1/10にもみたない。
オレンジ色の花を揺らして王宮へと向かう。なんで花かって、いつもの果物屋さんに押し付けられただけどけど、ちょーっとサイに似合うかな〜と…。不思議な甘い香りが鼻をつく。女性に花を贈るなんて俺も成長したもんだ。

「こんにちは」
「ああ、ティーさんこんにちは。サイさんならすぐ来ますよ!」

すっかり顔なじみになった門兵さんとにこやかにあいさつを交わす。門兵さんは目ざとく花を見つけ、プレゼントですか?と意地の悪い笑みで聞いた。からかわれると恥ずかしくなるから止めてください!

「…ティーさん」
「おお、サイ!おはよ!」
「がんばってくださいね〜」
「もー!ちょっと黙っててください!」

意地わるい笑みのまま見送る門兵さんに手を振って門をくぐる。そのまま、いつも通り書庫の方に向かった。
キィ、と書庫の扉がサイによって開かれる。

「…サイ」
「はい」
「どうした?元気ないな」

気配は1つ。たぶんジャーファルさんだろう。

「…私、感謝してるんです。」
「うん?」
「最初は私が煌帝国出身だから、国の仕事から遠ざけられたって思ったんです。あなたの世話をするっていう建前で」
「…」
「でも、八人将の方と食事できたり、ピスティ様から気にかけてもらえたり…あなたの役に立ちたいとも思えた」

ポロリ、とサイの目から滴が落ちる。
知らない間に傷付けてしまったかなぁ。ジャーファルさんが後ろで小さくため息をつくのが聞こえた。どうやら、少し時間をくれるみたいだ。

「煌帝国出身だって言った時、貴方がなんでもないように笑ってくれたのが嬉しかった…!」
「サイ」

オレンジ色の花をサイの手元にぐっと押しつける。ああ、やっぱりサイの髪の色に良く似合う。よかった、少しでも恩返しできて。

「俺も、サイに感謝してるよ」

穏便に事を済ませた方が良い。ここの人たちに迷惑はかけたくないし、こちらには身分を隠している以外、なんの後ろめたいこともないんだ。そもそも、全部洗いざらい吐いて協力してもらった方がよかった。書庫のどこかに居るであろうジャーファルさんに呼びかけようと、口を開く。

「捕まっちゃうの?」

え?
私の声じゃない。上だ。声のする方へ顔を向けると、案の条緑色の影がぷかりと宙に浮いていた。

「つっまんないな〜」
「マスティマさん!」
「ねぇ、フィデルくん。僕がどうにかしようか?あ、ごめーん。本名言っちゃった」
「ジンっ…!?」

飛び出してきたジャーファルさんが庇うようにサイを私から遠ざける。
な、なんかやばい気がするぞ…!?
嫌な予感が背筋を通っていったので、すぐに降参を示すように両手をあげる。

「ティー…いや、フィデル、すぐにジンを仕舞いなさい」
「えっ…あの…!」
「こんなところで捕まって、それって陛下の本意なのかなぁ?」
「ちょっと、マスティマさん黙ってください!!」
「は〜い」

大体、銃は置いてきてるのに、なんでここにいるんだ!と混乱した思考は筒抜けなはずなのに、マスティマさんは楽しそうに口を歪めるだけだった。

「あなたが、謎の迷宮の攻略者でしたか…」
「…?」
「そのことも、“陛下”のことも、聞きたいことが山ほどあります」
「…はい」

ジャーファルさんの鋭い眼光。マスティマさんの楽しそうな笑み。サイの心配そうな眼差し。それらに囲まれて、本当に別の世界に来てしまったんだなぁ、と改めて実感した。どうしてこんなことになったんだろう、と思って、的外れにシンさんを恨んでみたりする。彼がいれば、こうはならなかった気がするんだけど。害は為さないはずじゃなかったのか、とマスティマさんを仰ぎみると、マスティマさんはにっこり笑って姿を消した。
それと同時にジャーファルさんの白い手が私の腕を締めあげる。完全に気がそがれていたため大変驚いたのだが、後あと考えてみると、ジャーファルさんが腕に忍ばせてる得物を使われなくてよかったなぁとほっと胸を撫で下ろした。

とにもかくにも、私の快適なシンドリアライフはここで終わりを告げる。


130217
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