この世界での俺は所謂ニートだ。
そのことに気がついたのは、いよいよドラコーン様に会えるということで服を新調しようと思ったことがきっかけだった。昔から生活力など皆無に等しかったので金勘定なんか全くしていなかったのだが、財布の中身にようやっと違和感を抱き始めた。

お金…減ってなくね…?

服を買う前にひーふーみ…と数えて、買ってからも数える。変わっていない。いつの間に俺は錬金術を使えるように…!?

「そりゃもちろん僕の仕業だよね」
「ですよね」

お金を数える俺の前に、いつの間にやらマスティマさんが頬杖をついて腰掛けている。驚かない俺に対してマスティマさんは少し面白くなさそうだ。

「船の時も思ったんですけど、マスティマさんって何ができるんですか?」
「んんー…まぁそれは追々…」
「ええ〜…」
「少なくともお金は補充してあげるよ。ご褒美の分はね」

だって勿体無いじゃん。あそこもう無いのに。と頬を膨らませて口を尖らせる。あはは、かわいくないですマスティマさ…いっててて

「足!踏んでますって!」
「君ごときの思考なんて見え見えだからね」
「ウソー!?」

驚愕の能力に少し鳥肌がたつ。こんな口の軽そうな奴にプライバシー丸出しだなんて怖すぎる。それすらも伝わっているから、マスティマさんは意地悪そうに口を歪めて、シュルリと消えた。全く…頭痛がしてきた。コルンが心配そうに首を傾げたので、頭をカリカリと撫でてやった。


それは置いといて、今日は午後からドラコーン様に会えるのだ。新品の服に袖を通し、身なりを整える。そういえば随分髪が伸びた。短めに整えていたのに、襟足がもう結べそうだ。いつも同僚に切ってもらっていたから自分で切ったことがなかったのだが、こりゃなんとかしないと邪魔だ。とりあえずその場しのぎで襟足をリボンでくくる。うう〜ん…やっぱりそのうち切ろう。

そんなことをしつつも、ドラコーン様とやらに思いを馳せる。博識で、強くて、きっと名前に相応しくドラゴンのように勇猛な方なのだろう。シンさんの書の中ではドラゴン頭で書かれていたが、ジャーファルさんの例があるからほとんど信用していない。

知識が豊富な人と話すのは好きだ。俺の周りの知識人は、ビックリするような視点を持っている人が多かった。軍関係者にもすごく博識なばあちゃんがいて、よく話を聞きに行っていた。若者の尻を触るのが趣味というとんでもばあちゃんだったけど。
だから、バレバレだと思うが、今ものすごく…浮かれている。

王宮の門の前で卸したての服をつまんで唸る。ちょっと恥ずかしくなってきた。張り切りすぎかもしれない。国王であるシンさんには急拵えの服で会ってたのに…。

サイがいつも通り門まで私を迎えに来て、ドラコーン様がいるらしい部屋へと案内してくれた。いつもの書庫を通りすぎて、そこからいくらか歩いた。部屋への道順を覚えることも出来ないほど、近づくにつれて胸のワクワクとドキドキは高まっていった。子供に還った気分だ。ああ、緊張する。
そして、綺麗な装飾の扉の前で、サイはくるりとこちらを振り向いた。

「ここです。頃合いをみて迎えに上がりますので、存分に勉強してらしてください」
「えっサイ一緒に来てくれないの!?」
「ええ。勉強の邪魔はしたくないですし…他に仕事が」
「ぐぬぬ…」

他に仕事、と言われてしまえば口出しはできない。ただでさえ、他にやりたいことがあるはずの彼女を、自分のせいで拘束してしまっているし…。緊張はするがしかたない。ゆっくり頷くと、サイも安心したように頷いた。
ドアに向き直って、ふぅと深く息を吐く。
いざ、ノックを…

「ティーさん。その服、お似合いですよ」
「!!」

にっこり笑った彼女に、自分の頬が熱くなっていくのがわかる。慌ててノックして、返答が聞こえるか否かのところで部屋に飛び込んだ。くっそぉ…サイめ!

「君がティー殿か。そんなに慌ててどうした」
「いえ、その……!?」

サイの言葉に跳ねる心臓が落ち着かないうちに、私の心臓はもう一度大きく跳ねた。顔をあげた先にいたのがどうみてもドラゴンだったからである。

えー!?ここは忠実なんですかシンさん!!

ドラゴン頭の彼はドラコーンだ、と短く自己紹介して手を差し出した。その手をとって、自分も名前を述べる。鱗だ…完全に鱗だ…
私は完全にこの世界がわからなくなっていた。知れば知るほど違う世界なのだと実感させられる。ドラゴンって伝説上の生き物だと思ってたけど…この世界では違う…のかな?見過ぎていたらしく、ドラコーン様は苦笑したように…見えた。

「珍しいか?」
「あ!す、すいません!」
「いや、気にするな」

ドラコーン様は優しげな声でたしなめる。
そうだ、”郷に入っては郷に従え”だ。なんでも受け入れるしかない。俺がここで穏便に生きていくにはこれしかないんだ。
顔をあげた時には、もうそういうものだという覚悟ができていた。何はともあれ、目の前にいるのはあの”ドラコーン様”だ。姿形がどうであれ。

「すみません。よろしくお願いします」
「…宜しく頼む」

話してみれば何てことない、普通の人間と相違なかった。だた不便なことと言えば、身長があんまりにも違うからやりとりが面倒くさいくらいだ。

ドラコーン様は私が書き留めていたことを一つ一つ丁寧に教えてくれた。自分の国の文字で書いてたメモに興味を持たれた時はどうしようかと思ったが…。どうやらこの世界には2つの文字しかないらしい。1つは私がサイに習っている共通言語、もう1つはトラン語だ。トラン語については見たことすらなく、いつか覚えられたらいいな〜くらいの認識しかない。
まあ、とにかく、そのせいで私の文字については誤魔化すのが大変なわけだ。「落書きです」と言い張ったが、聡明なドラコーン様のことだから何かしら感づいてそうで恐ろしい。それでもそうか、と静かに笑って流してくれたので、そっと安堵の息を吐いた。

それからドラコーン様は、シンドリアのことを細々と話してくれた。やっぱり本で読むより、実際に聞いた方が何倍も興味深い。ことによれば、建国に携わったようだし。

「君の国は?」
「えっと…」
「話したくないか?」

本音を言えば、できれば話したい。
私は陛下の創られた自分の国が大好きだし、だからこそ従事してきた。あの国のあれやこれやを自慢したくてたまらない。

それに、口に出さないと忘れてしまいそうで。

だけど、この世界にはない国だ。ここで怪しまれて、折角のチャンスを潰したくない。ドラコーン様の透き通った目に自分の情けない顔が映っていた。

「……すいません」
「そうか」

そろそろ…陛下欠乏症です…。


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