まず腹ごしらえね!と明るく言ったピスティ様に連れてこられたのは、雰囲気のある酒場だった。昼間っから酒か!とちょっとびくりとしたが、お昼は普通の定食屋として営業しているらしい。
慣れた様子で注文を済ませたピスティ様は、オススメが来るからねと悪戯っぽく笑った。

いくつかのテーブルが埋まっていて、その誰もがピスティ様の姿を見つけると、手を降ったり声を掛けたり頭を下げたりして三者三様に敬った。そんな声に一つ一つ丁寧に応えてから、私たちに向き直って、やけに大人っぽくいやらしい笑みを浮かべた。


「で、ティーくんとサイはどういう関係?」
「え?…先生と生徒…?」
「えーー!!付き合ってないの!」
「ないですよ!!」

ちなみに最後のはサイの声だ。そんな力いっぱい否定せんでも…。サイはポッポッと顔を赤らめて、むっと口を尖らせた。内心傷ついたがここは大人の余裕を見せなければ。まぁまぁとたしなめて、私にはサイみたいな可愛くて若い子勿体無いですよと自嘲気味に言った。

「若い?ティーくんっていくつなの?」
「23です」
「へー!意外と…でも全然若いじゃん!サイちゃんはいくつ?」
「17歳です」

6歳…まあ余裕でしょと一人納得したように頷いて、戸惑うサイにね、と同意を求めた。サイは困ったようにこっちに視線をくれたが、私に振られても困る。正直に言うと、私は今まで女性とお付き合いというものをしたことがない。先輩に連れられては“遊び”に行ったことはあるが、好きあって交際という経験は機会がなかった。結婚している先輩もチラホラいたが、大多数は未婚者でウブだ。
つまり、こういう話題は苦手なのだ。

女の子同士の話題に花を咲かせている2人を見つつ、私はほとんど苦笑いで流した。そうこうしているうちに、テーブルにはどんどんと食事が運ばれてくる。

「さあ、じゃんじゃん食べてね!特別にあたしのお・ご・り!」
「えっでも…!」
「いいのいいの!出会った記念ね!」

ニカッと笑うピスティ様の顔を見てしまえばもう何も言えまい。おそるそおそる奇妙な顔の魚に手を伸ばし、口に放り込む。まあなんというか絶品だ。思わず小さく感嘆の声が漏れる。

「美味しーでしょ!」
「は、はい!」
「ここね〜シャルやスパルトスとよく一緒にくるんだ!あ、2人のこと知ってたっけ?」
「あ、お名前だけは…」

聞いたことがあるようなないような…。
ぼんやりこっちを見ていたサイに鳥みたいなのを取り分けて渡すと、はっとしたように俺を見て真っ赤になって受け取った。そんなサイの様子を疑問に感じつつも、目の前の料理が美味しくて気がそれてしまう。

「じゃあ今度は2人も一緒にね!」
「はい、是非5人で」

実際、ピスティ様と酒を飲みかわすような方々と肩を並べるなんて恐れ多くてできないが、断っても無駄だろうということはこの短時間でも充分理解していた。だから、幾ら想像しただけで手汗がじっとりだとしても、ここは同意して置くべきだ。落ちつかないように視線をさまよわせていたサイの手に自分のそれを重ねる。サイは少し驚いたような顔をしてから、気が抜けたような笑顔をみせた。そりゃあ緊張するよねぇ…。視線でもって庶民の心を交わし合ってから手汗の事に思い至った。サイごめん。

「はい、お待ち!」

一人気まずい思いをしていた私の思考をぶった切ったのは、目の前に運ばれてきた一つの料理だった。なんというか…き、きもちわるい!どう見てもあれだ。巨大なムカデ。ボディーは本来の質感プラスたれでテラテラと黒光りしている。ピスティ様は来た来た!と、待ちわびたように手をすり合わせた。

「これ、ティーくん食べてみて!島の珍味中の珍味だから!」
「えっ…これ…ですか…」
「そう。この国の伝統食なんだからー一回は食べないと!」

ほら、と楽しげに言うピスティ様に従って料理に向き直る。ソレと目があった気がしてゴクリと唾を飲んだ。うそぉ…これ食べ物じゃないでしょ…。イナゴの姿煮とかなら食べたことはあるが、これは次元が違う。助けを求めるようにピスティ様の顔を見る。
――ああ、見なければよかった…
見るまでもなかったが、期待してますと言わんばかりのランランとした目を向けていた。いよいよ腹をくくるしかない。思い出せ、軍の教訓を。

そう。私たちの絶対は、郷に入っては郷に従え、だ!!

「むがっ…!!」
「おお〜!」

勢い任せにボディーにかぶりつくと、なんとも言えない苦味と旨味が舌に広がる。結果的にいうと、結構美味しい。パチパチとピスティ様が手を打つと、つられるようにして店中で拍手が巻き起こった。よくわからないが、どうもどうも、と挨拶しておく。後に判明するのだが、この料理は国の人も滅多に頼まない珍品らしいかった。もうピスティ様の言葉は信じない。


それから暫くの間絶品料理に舌鼓をうって、テーブルの食事が無くなるころにはもう満腹で動けないほどだった。
そんな私にはお構いなしにピスティ様は腕を引いて、次いくよ!と促した。この身体のどこにそんなパワーが潜んでいるのか甚だ謎である。

再び引っ張られて私たちが連れてこられたのは、森の中だった。最初にマスティマさんの家(岩倉ともいう)から出たときにいた森に似ている。何て言うか、生命力にあふれているような感じ。チョロチョロと動く影は動物だろうか。常に何かの音が入り乱れているのに、うるさくないから不思議だ。

「見てて!」

そういってピスティ様は綺麗な細工が施された笛を吹いた。綺麗な音色が辺りに響く。木々の隙間から日差しが揺らめいて、幻想的にピスティ様を照らす。

「すごい……!!」

音に酔いしれたのは私達だけじゃないらしい。色とりどりの鳥たちうっとりと見ていた。私の肩やサイの頭にも遠慮なく降りてくる。何羽かの鳥はくるくるとピスティ様の周りを楽しげに飛び回った。まるで、映画のワンシーンだ。

「どうして…」
「この笛でね、」

斯く斯く然々と説明されたがさっぱりわからないので、とりあえず笑顔でほーと頷いておいた。すごいことだけはなんとなく理解した。サイは嬉しそうにキョロキョロと周りを見まわしている。年相応のそれに思わず口元が緩む。

「すごいなぁ…こんな能力があるんですね」
「色んなこと出来る人がいるよ」
「色んな…」

この世界は、俺がいたところよりずっと多種多様みたいだ。ジンや金属器を抜きにしても。胸が高鳴るのを感じる。初めてあの岩倉の中で目を覚ました時と似ている。

俺は、知りたい。

この世界も、ジンも、マスティマさんのことも。
ふと陛下の顔が過ぎる。どちらを優先すべきかなんて自明のことだ。でも、陛下は、どっちを選べと言うだろう。

「あれ?キミは初めて見る顔だね〜」
「……?」

思考の海に沈んでいた俺をピスティ様の声が引き上げる。ピスティ様が見上げる先。見覚えのある白い文鳥がキョトンとこちらを見ていた。ピンク色の足についた銀筒がキラリと光る。

「あれ…?コルン?」

そう呼びかけると首をこてんと傾げる。文鳥はバサリと羽を広げて、差し出した指に足をかけた。そうして、チチ…と喉を鳴らす。

「やっぱり…!なんでお前!」

指を差し出すとハムと甘噛みする。間違いない。

「知り合いなんですか?」
「そう!俺の伝書鳩!コルンっていうんだ!」
「はと…?」
「あ、文鳥なんですけどね。鳩なんですよ」

相変わらずつぶらな瞳がキュートだ。思わぬ出会いに、感動もひとしおだ。もしかして、もう会えないんじゃないかと思っていた。異世界のはずのここに何故いるのかは置いておいて、今は突然の再会に素直に喜んだ。

ピスティ様が訝しげな目で見ているのには気づかずに。


130113
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