そうして1ヵ月がたった頃俺はようやくサイ離れをし出した。いくつか文献も読んでみて、やっぱり分からないところは沢山あったけどなんとか読める。

「どうですか?」
「うん…まぁなんとか。これは…迷宮」
「そうです」

長い間謎だった迷宮についても、やっと理解できた。どうやら、私が最初にいたところはそこに酷似してるようだ。記載されていた扉についても覚えがある。そしてシンさんの凄さもようやっと理解した。今までのあれこれを思い出して心臓が冷える。ジャーファルさんは思ったよりもずっと凶暴らしかった。

「大分進みましたし…どうです?今日は宮中を散歩しませんか?」
「ええ?でも余り彷徨かないほうがいいんじゃないの?」
「ええ、もちろん案内できるところだけ」

にこりと笑ったサイに圧されてゆるりと頷く。そういえばもう1ヶ月も過ぎたのに、この書庫以外はほとんど行ったことがなかった。行きましょう!と手を引いたサイに連れられて、書庫を出る。このドアより先は全く未知の領域だが、ジャーファルさんも建物内にいると思うとそこまではしゃぐこともできなかった。

「とは言ってもあんまり見せられるところって無いんです。だから終わったら街の方もご案内しますね。どうせあまり見てないでしょう?」

ずばり言い当てられて苦笑する。シンドリアに到着した次の日からあそこに籠もっていたから、いつも果物を買うあのお店以外はほとんど行ったことがない。出来た経緯は知っているのに、自分がシンドリアについてあんまりにも無知すぎて笑ってしまった。

色々な廊下を歩き周り、アリババ様とアラジンにも会った。少しふっくらしたような気がする。ここのご飯美味しいですもんね、と言うと、そうなんだよな〜と楽しそうに笑っていた。あと、マスルールさんに似た女の子はモルジアナというそうだ。遠くから見ると華奢に見えたが、間近でみたら綺麗に筋肉がついていた。3人と別れ、王宮の真ん中に当たる所に案内される。小さな花が揺れていて、急に草原に来てしまったような清々しさがあった。

「ここが中庭です」
「おお〜中庭もあるんだ。うちよりずっと豪華だなぁ」

自国の王宮を思い出して思わず呟くと、サイは不思議そうにうち?と繰り返した。あーそう故郷の…結構お金持ちだったんだと歯切れ悪く応えると、サイは納得したように頷いた。危ない危ない。誤魔化すために矢継ぎ早に質問を返す。

「サイは?故郷はどこなんだ?」
「…私、煌帝国の人間なんです」
「へぇ」

出たな煌帝国。ここに来てから何回も聞いたので気になって、真っ先に調べたものの一つだった。おかげで煌帝国については結構詳しい、と思う。

「…それだけですか?」
「え?何で?あ、煌帝国ってどんな所?」
「無理して聞かなくていいですよ」

余りにもコミュニケーション下手すぎる返答だったかと反省したが、裏腹にサイの声は嬉しそうだった。あんまり話したくなかったのかもしれない。故郷を好きではないのだろうか。文献で読んだ煌帝国は、あまり友好的とは言えないにしろ、大躍進を遂げた立派な国に思えた。実際の所は住んでみないとわからないか。ぼんやりと故郷を思う。あそこも、良いのは表面上だけだった。それも昔の話だが。


「あー!!みーっけた!」
「!?」

ほのぼのと過ごしていた中庭に雷のように大声が飛んでくる。それと後ろから気配も。とっさに身を捩ると、14かそこいらの少女が草原に飛び込んできた。

「ピスティ様!」
「もう!なんで避けるのさー!」
「えっすいません」

今のは私が悪かったのか…?そう疑問を抱きつつも、オロオロとするサイを見ているとどうやら偉い人らしいので黙る。少女はむくりと起き上がり、太陽にも負けんばかりの笑顔で手を差し出した。

「私はピスティ!あなたがティーでしょ?よろしくね!」
「あ、はい!よろしくお願いします」
「…ふ〜ん」

ピスティ様は手を握ったまま、舐めるように私を観察し、うんうんと頷いた。力強い目のせいもあったけれど、ピスティ様が余りに危なげな格好をしているので直視できない。軍に所属していると女性にめっぽう弱くなるのだ。

「ずーっと書庫にこもってるっていうからどんな根暗かと思ったら意外と男前なんだね〜」
「え、あはは…いやぁ、初めて言われました」
「すぐ会いに行こうと思ったのにさぁ、書庫から出ないんだもん!全然行けなかったじゃん!書庫は騒ぐとジャーファルさん怒るし…」

それは怖そうですねと思わずこぼすと、ピスティ様は頭に指で角を作ってこうだよ!とむくれた。シンさんの書物に書いてあったジャーファルさんを思い出して笑いそうになるのを必死で耐えた。

「今日は?もうお勉強は終わりなの?」
「ええ。彼女が散歩にと誘ってくれたんです。今から街の方にでも」

ね、とサイに目で確認すると緩く微笑んで頷いた。心なしか緊張しているように見えるが、ピスティ様ってそんなに偉いんだろうか。

「ね、私も一緒に行っていい?」
「私はもちろん。サイが良いなら」
「いいよね?」
「は、はい!」

ぴちりと身体を固まらせて、サイは上擦った声を出した。いつも強気な彼女からは考えられなくて、ピスティ様をまじまじと見てしまった。どこからどうみても可憐な少女なのに一体何が…
よし、じゃあいこー!と元気よく立ち上がると私の手をとって歩き出す。

「サイ!」
「あ、はい!」

サイは私が差し出した左手に捕まり、私達二人はぐんぐん進むピスティ様に合わせて必死で足を動かした。見る人が見れば左手にサイ、右手にピスティ様で私は美少女を侍らせているようだが、実際のところピスティ様に引かれている右手は引っこ抜けそうだった。


130110
- ナノ -