結局シンさんは王様だったらしい。本人はそんなことチラとも出さなかったが、周りがシンドバッド王とはやしたてるのに答えているのを見るにそういうことなのだろう。

ありがとうございました、と頭を下げるとシンさんは軽快に笑って「いつでも資料を読みに来るといい」と有り難くも提案してくれた。シンさんに続いて王宮へ上るアリババ様達や、船の方々にも礼をして宿へと向かう。これもシンさんが取ってくれたものだ。余りお世話になるとそのツケが回ってきそうで怖いけど、1日くらいならばちも当たらないだろう。

「はぁ…久々の地上だ…」

船が苦手な訳ではなかったが、あまり慣れない。ぼすりと身体を沈めたベッドは、今まで寝たベッドの中で一番柔らかった。さすが、王様だ。寝心地の良さか疲れからか、すぐに瞼は重くなり、せっかく風呂がついているというのにその日はそのまま欲望に負けてしまった。

翌日。風呂に入りさっぱりとしたら、すぐに宿を出た。今日は王宮へ出向いて、宿も探し直さなければ。まだ朝の空気の残る街を探索する。チラホラと開き始めた店の、恰幅のいい女性とバチリと目が合う。

「おにーさん、果物はどうだい?」
「あーあいにく、この国の通貨を知らなくて…」
「どれ?見せてみな」

チャリ、と銅貨を出すと、これとこれとこれが買えるけどどうする?と色とりどりのフルーツを指した。

「甘いのがいいな」
「じゃあこれとこれね」

銅貨の代わりに見たことのないコインをいくつか渡され、果物も食べやすいように包んでくれた。礼を言うとまいど、と威勢のいい声が返ってくる。なるほど、シンさんの国だなぁと妙に納得した。

果物を半分食べた頃に王宮はもう間近に迫っており、適当な場所に腰掛けて残りを食べる。シンドリアの王宮は、自分の所ともバルバットとも違ってなんとなく華やかに見えた。妙にわくわくした気分になって、果物を適当に口に放り込む。さっさと中に入りたくてたまらないのだ。

「すみません、ティーという者ですが…」
「ああ…王から伺っております。少々お待ちください」

門兵さんに話し掛けるとすぐに奥に走り、変わりにひょっこりと蜜色の髪の少女が顔をだした。ジャーファルさんと同じような前掛けをしている、見目麗しい少女だ。私を目に留めると、姿勢を正して綺麗に笑った。

「初めまして、サイと申します。お世話するように仰せつかりました」
「…わざわざすいません」

お世話とは名ばかりで、おおよそ私を監視するためだろう。そんなことは分かっていてもかわいい女の子が側につくのは悪い気がしないものだ。早足に書物庫に案内する姿はどこか好感が持てた。

ここです、と開かれた扉の奥には何千、何万という本が待ちかまえていた。あらゆる知識がここにあるような気にさえなる。

礼をいって本を手に取ると、やっぱり自分の知らないことばかり書かれていた。

「……」

うん、まず字が読めない。
彼女にバレない程度に頭を抱える。そうだ、バルバットでも壁に書かれた文字が読めなかったじゃないか。言葉が通じるもんだからすっかり失念していた。これじゃ、なんの意味もない。

なんでもおっしゃってください!と明るく笑ったサイをチラと見る。目ざとく気がついたのか、なんですか?とでも言うようにコテンと首を傾げた。大きな声で言う気にもなれなくて、彼女に近づいてこっそり打ち明けた。驚いたように彼女の瞳が揺れる。

「えーっと…教えることは可能ですが…私も人に教えられるほど学がなくて…」
「いい!君にはこの本が読めるんだろう!なら万事オッケーだ。なんの問題もない」

少々強引ではあったが、無事教師を得ることに成功した私は知識欲に燃えていた。私の所は言語も言葉も全世界共通だったから新しい言葉に出会うなんて初めてだ。触りの部分だけでも、と早速教えてもらうと、サイは教えるのがとても上手で私はますます笑みを深めた。


何日かの間、私は有り難いことにその書庫に入り浸らせてもらっていた。許可があるとはいえ少し気が引けたが、背に腹は代えられない。その日も私が勉強を始めようとすると、シンさんがやあと片手を挙げて覗き込んできた。

「どうだい?勉強は進んでいるかい?」
「ええ、優秀な先生のおかげでばっちり」
「そうか。それはよかった」

にこりと力強く笑ったシンさんは、サイに労いの言葉を掛ける。それから、ところでと私に話しを振った。「一つお願いがあるんだが」とそこまで聞いたところで、“ツケ”が回ってきたのだと察する。

「煌帝国に行かなくてはならなくなってしまって…2、3ヶ月国を離れることになった」
「コウテイコク…」

いつだか聞いた言葉を思い出しながら反芻する。

「そこでお願いなのだが、俺がいない間国を守ってくれないだろうか。その代わりここは自由に使って良い。なんなら部屋も用意しよう」
「は!?……ああ、はい…」

なんていう好条件だ!と一瞬思ったが、すぐにここに縛り付ける口実だと理解する。国を守ってくれ、とは私に対しては有効な手を使ったものだ。知らないはずなのに。

「その話、喜んで受けさせていただきますが、お部屋は結構です。お気遣い傷み入ります」
「そうか…では代わりに良い先生を紹介しよう」

サイにも分からないことはここに書き留めておくといい、と巻物をいくつか机に置いた。それからサイに2言3言話してから、ありがとうと私の肩を叩いて書庫をでていった。

「ティーさんすごいですよ!」
「何?」
「ドラコーン様が教えてくださるそうです!私よりずっと博識でいらっしゃいますよ!」

ドラコーン様が何者かはわからなかったが、サイの興奮具合を見るにとっても凄い人なんだろう。前に聞いた八人将ってやつかな?と予想を立てて、とりあえず目の前の文字に向き直った。どちらにせよ、そのドラコーン様にお目にかかるのはまだ先になりそうだ。


130109
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