小さなタルト台に沢山のイチゴが乗ったケーキをフォークでつついた。粉砂糖が振りかけられたイチゴにカスタードクリームが絡まって口に運べば甘酸っぱい美味しさに頬を緩める。――ああ、美味しい。

ナマエがよく来るこのカフェはケーキも美味しければ紅茶もコーヒーも絶品だった。何度も何度も来てはケーキや飲み物を注文して、今ではメニュー全制覇を成し遂げている。
当たり前だが店員にはすっかり顔を覚えられてしまった。顔馴染みの店員には親しげに「今日はどうするの?」なんて聞かれてその季節のオススメとそれに合うドリンクを頼んだり、自分の気分でメニューを選んでみたり。今の季節はイチゴのタルトがオススメだと言われて、今日はそれとダージリンを淹れてもらった。

注文時や運ばれてきた時など時間が許せば多少話す程度には仲の良い店員が言う。

「知ってる?ほら、三丁目の大きなビル。私最近引っ越したでしょ?帰る時にはあそこの前を通るの。それで夜に通ると、毎回ビルの前で人が立っているのよ。最初はそこの社員の人とか、誰かのお迎えかなって思ってたんだけど、いっつも同じ服だし、ピクリとも動かないし、もう不気味で不気味で。嫌で嫌で仕方なかったんだけど、そこを通らないと遠回りになっちゃうから仕方なく通るんだけど。いつも、ビルの方を向いて立っていたから、ちょっと気になって。怖いもの見たさっていうの?とても怖かったけど同じくらい気になっちゃって。離れた所からその人の顔が見える所に行って、それで、見てしまったの」

服の中に氷を落とされた時のような顔で店員は続ける。

「その人ね、顔が、顔が……その、焼け爛れて、」

そう言って店員は口を閉じた。


*****


人気の無い夜の街をナマエは一人歩いた。ひやりとした空気に人も車も通らない。ぼんやりとした街灯がぽつりぽつりと立っているのが殊更不気味な空気を醸し出す。
時刻は深夜二時。たった今草木も眠る、そして人為らざる者が跳梁跋扈する丑三つ時に突入した。
家人の目を盗んでしっかりと防寒したナマエは酒瓶片手に夜の街を歩き、眼前に目的の人物の姿を目に留めて持った酒瓶を掲げた。いつもナマエが一方的に話しかける男にいつものように砕けた口調で挨拶をした。

「やあ、こんばんは。ご機嫌いかが?」

生気のない男だった。だらりとしたシャツとジーンズを身にまとい、服は所々煤けている。元から痩身な印象があったが、サイズの合わない服である為かもっと細い印象を受ける。
声を掛けたナマエをちらりと目線だけで答えた男の顔は――焼け爛れていた。

「あなたも長いね。わからないでも、ないけど」

酒瓶を男の足元に置けば、男は目礼で返した。

――よくある話だ。
男はかつてエスパーであった。成人するまでその力は目覚める事は無かったのだが幸か不幸か、彼が25の年を刻んだ時に転機が訪れる。力が目覚めたのだ。
そして不幸な事に彼が勤めていた会社の社長は反エスパー組織(過激派)にその名前を連ねていたりしちゃった訳だ。
個人のESP検査で出された結果であるならば誤魔化しようもあったのだけれど、彼は不幸な事に社内で行われる健康診断にプラスされたESP検査にて引っかかってしまった。引っかかってしまったけれど、検査の結果は《超度1》。大して強くもない、ほぼ《普通人》。
けれど《普通人》からすれば《超度1》でも立派なエスパーなのである。
男は恐怖や嫌悪、色んな感情を綯交ぜにして最後には抑えの効かなくなった社長にかつての魔女裁判よろしく火にかけて殺されてしまったのである。

よくある話だ。本当に、嫌になる程、よくある話。
例え政府がエスパーの保護や擁護運動を行っていたとしても端々まで行き届くのは難しい。
結局の所、少数派はやはり少数派で、多数派に勝つのは難しいのだ。

「全く嫌になるね?なんだって少数派だからって排斥されなくちゃいけないんだろう。少数派には少数派の意見や主義主張があるのにね。それが受け入れられないからって少数派を取り除いて、多数派だけの世界になる。そうしたらやっぱりそこからまた少数派が現れて、排斥して、多数派だけになって、また少数派が現れて、多数派だけになって、少数派が出てきて、《そして誰もいなくなった》!」

「笑えないけど笑えてくるね」とナマエが男を見上げてみれば彼の焼け爛れた口が僅かに弧を描いている。
男は一つ頷いて焼けて血が滲む手でナマエの頭を優しく撫でた。

「――行くの?」

男は何も言わずにナマエの頭を撫でる。焼けて爛れた顔はうまく動かない。それでも微笑んだ、とわかる程度にはナマエとこの男の付き合いは長い。
もう三年だろうか。そうか、三年か。彼に起こった不幸な事件自体はもっと前だけれど、ナマエが男に気付いてこうして夜話に行くようになって、三年。

「……そ。まあ、いいけど。安心すると良いよ。なんだかんだ言って世の中うまく出来てるから、因果は巡るもん」

男はナマエが持ってきた酒瓶を手に取り足元から煙が空気に溶けるようにして――消えた。


*****


「感心しないよ、女の子がこんな時間に一人歩きするだなんて」

兵部は散歩の途中で見つけた深夜に徘徊する年頃の少女を叱った。ぽかんと見上げてくる少女はしばしの無言の後、緊張感のない声音で兵部を表した。

「そういえば、兵部さんも少数派だよねえ」

「はあ?」

空中に浮遊する、という《普通人》にはどうやったって出来ない事を自分の力だけでやってのけるのだから、少数派だよね。そう言って一人納得するナマエに兵部はがっくりと項垂れた。
今確かに兵部はナマエに対して小言程度ではあるが叱ったのにそれに対する返答が返答じゃない。相変わらずマイペースで不可解な少女だ。

地上に降りる事はせずに歩くナマエの横を浮遊して付いて行く。
彼女と初めて会ってから彼女に対する興味が尽きない。自分達とは違う《特異》を持った少女の事が気になって、そういう時に偶然彼女と会うようになった。一度ならず二度、三度、と続くともう不思議で堪らなかったし、やはり彼女の力が影響しているのか、と思って問い詰めてみても否定された。
正確には否定も肯定もされなかった。ただナマエは「巡り合わせがいいんだろうね。善か悪かは置いといて、運命なんじゃない?」というのが彼女の答えである。

「……で、何が少数派だって?」

「エスパーの人達。っていうか、兵部さん。っていうか、その《エスパー》っていう少数派の中でも更に少数派っぽい。それでタチが悪そう」

「否定はしないけどいきなりなんなんだ、ナマエ」

「少数派って大抵多数派に食い潰されて終わるんだけど、兵部さんに限っては逆に多数派を食い潰しそう」

「わかってるじゃないか」

とりあえずナマエの話に乗りながら夜の街を飛ぶ。そこでふと思い立って隣を歩く少女の顔を覗き込んだ。

「それで?君は多数派?少数派?」

「……敢えて言うなら無限小派?」

寒そうに震えてマフラーに顔を埋める少女はそう答えた。

大変お待たせいたしました!参加ありがとうございました!
顔見知りの関係からなんだかんだで爺孫のような関係になりいつか爺が陥落してしまえばいいと思います

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