![](//static.nanos.jp/upload/h/heartlessxx/mtr/0/0/20130901172144.png)
瀑布の源、巨大な湖畔から飛び出した無数の奇岩の上にナマエは一人座り込んでいる。形の良い唇を引き結んで両膝に顔を埋めた。ナマエの正面で轟、と純白の瀑布が流れ落ちる。瀑布の振動と身体にまとわりつく微かな水煙が心地よい。
ここはナマエが生まれた場所に似ている。かつて人だったナマエが奇岩に咲く一輪の花として新たに生まれた場所。ナマエにとって大切な始まりの場所。初めて自分を肯定してくれた、兄と出会えた場所。 そんな所に似ているこの湖畔は不思議とナマエの心を安らげる。
「こら、こんなところで何をしておる」
とん、と奇岩の上に呑気な声と共に男が一人降り立つ。彼を送ってきたであろう霊獣は静かに離れた奇岩へと下がったのだろう。今この男と二人きりにされるのはあまり良い事ではない。
「探したぞ、全く。せっかくお主をからかって遊んでやろうと思ったのにどこにもおらぬわ、誰に聞いても知らんと言われるわ」
奇岩に座り込んで両膝に顔を埋めるナマエを放って一人で喋りながら彼も座り込む。ナマエの背に自分の背を預けて背中合わせになった。すると彼は少しずつ体重を寄せてきて、遂には完全に寄り掛かってるような風だ。 いくら妖怪仙人と言えども男の体を支えられる筈もなく、今にも押し潰されそうになった所でようやっと抗議の声を出した。
「……太公望、さん」
「んー」
「お、重いです」
「お主が一人でグチグチ塞ぎ込んでるのが悪い。そんな風に小さくなりおってからに」
そんな事はない、と否定しようとすればひらひらと手を振って黙殺される。
「下手な嘘を吐くでないわ、ダアホ」
そう言って太公望は一つ一つナマエの今日の失態を上げていった。
朝の炊き出しを手伝っていた時、調味料を入れようとしたら一気に蓋が開いて全部投入してしまい、四川も真っ青な麻婆豆腐が出来てしまった。その後、今日の予定を確認しようと帳簿を見ながら廊下を歩いていれば、何もないのに足を縺れさせて天化を突き飛ばした上に彼が持っていた書類を全てぶちまけてしまった。 朝から申し訳ない事をしてしまった、と意気消沈しながら書類を捌いてしまえば案の定ミスを連発。周公旦に叱られた。 妹達と一緒に修行をしていれば偶然通りかかった天祥を根元金斗で吸い込みそうになってしまった所をナタクに助けられた。その後怒ったナタクに砲撃され、交戦して少し怪我人を出してしまったり。 目立った所を上げればこれくらいだが、もっと細かく言えばナマエの失敗談はまだまだ出る。
だが、普段はここまで酷くはない。普段も失敗はするが今日は格別に酷かった。 失敗に失敗を重ねてそれだけでも申し訳ないのにナマエの失敗の被害に遭ってしまった人達は気にするなと言う。怒られたい訳ではないが、被害者に気遣われると言う事実が辛かった。 やっぱり自分はどうしようもない役立たずな人間であるという、かつて人間であった時に感じた悲観と絶望とが胸の内を渦巻いてどうしようもなくなってしまった。
妹達に少し抜けると言付け、ふらりと徘徊してみればこの奇岩群と大瀑布を見つけて誰もいないのをこれ幸い、と何をする訳でもなくただ途方に暮れて座り込んでいたのだ。
「全く、あいも変わらず酷いドジっぷりよのう。最早畏敬の念すら覚えるわ」
呵呵と笑う太公望を尻目にナマエはまた小さくなる。気遣われているのだ、また。 彼は周の軍師で、毎日忙しくて、今ったで彼の言を待っている人間がいて、自分なんかにかまけている暇なんか無いのにわざわざ探してここまで来てくれた。無駄な時間を取らせてしまった。 申し訳なくて申し訳なくて、じわりと瞳を水膜が覆う。
「なんだ、泣いておるのか」
「……泣い、てません」
「相変わらず嘘も下手だのう、涙声になっておるぞ」
「……だって、何も、何も、うまくできなくて、失敗ばっかりで、迷惑かけてばっかりで」
一つ呟いてみれば止まらなくなってしまう。更に無駄な時間を消費させてしまう、なのに、どうしてか言わずにいられなくて。
「気を付けてても、ダメで。うまくいったと思ったら他の事で失敗して、全部ダメにして、わ、私は役立たずで――ぅぐ!」
べしんと思いっきり頭を叩かれた。ナマエは目を白黒させながら落ちてしまったナース帽を拾い上げる。
「ったく、本当にくだらぬ事でぐだぐだしおって。お主が本当に役立たずならわしも誰もお主に頼み事なぞせぬわ、ダアホ!」
そう言って太公望は懐から大きな桃を一つ取り出して器用に真っ二つに割ってみせた。割れた桃を見比べて、ほんの僅かに大きい方の桃をナマエに差し出した。反射的にナマエが桃を受け取ったのを見て太公望は片方の桃に齧り付く。
「それを食べたらさっさと戻るぞ。わしの仕事を手伝え。今日中に終わらせんと周公旦に殺される」
最初の時よりも加減して寄り掛かられて、今は普通に背中合わせで座っているだけになった。黙々と言葉も発さず桃を食べる太公望に倣ってナマエも小さく桃に齧り付く。合わせた背中が暖かくてぼろりと涙が落ちた。桃はとても甘かった。
![](//static.nanos.jp/upload/h/heartlessxx/mtr/0/0/20140430000005.png) 大変お待たせいたしました!参加ありがとうございました! ぐだぐだうじうじしてる所を颯爽と現れて桃を押し付けていく太公望。夢主の原型が花なので涙とかがガチで甘いと滾ります。
|