ーー何かがおかしい。

まどろみの中で気持ちよい睡眠に浸っていた時、僅かな異変を感じ取った。
危険ではない。そんなモノならとうの昔に飛び起きて脱兎の如く走り去っている。この異変は危険なものではないのだが、ただ今までの状況が一変しているのは明白だった。

ナマエは学校で眠っていたはずだ。もう授業も全て終わって、でも家路につくのがなんとなく面倒で人気のない教室でぼうっとしていたら壁に背を預けていつの間にか眠ってしまった。決して寝心地がいいとは言えない場所だが元来ナマエは寝る場所を選ばない。

帰宅する生徒の声も疎らに、だんだんと静かで人一人いない空間がとても好ましくて寝入ってしまうのはしょうがない事だと思う。ただちょっと遠くで不穏な喧騒――例えば銃声とか爆発音とか――が聞こえてくるが、喧騒の渦中にいる彼らはおいそれとナマエを見つけることはかなわないだろう。だから安心して目を閉じたのだ。

――まさか眠っている間に子牛が泣きながら放ったバズーカの流れ弾に当たるなんて露知らず。


*****


今ナマエがいるのは寝心地の悪い床ではない。床なんかとは比べ物にならないくらい柔らかくてふわふわした場所に横たわっている。
ナマエの知らぬ間に移動している。これは異常事態だ。
ひとまず体は動かさず、尚且つ目は開けないように。第三の眼とも呼ぶべき力を行使して周囲に目を向けた。――その瞬間。

「起きたのかい、ナマエ」

ぱっちりと目を開けた。

「随分気持ちよさそうに眠っていたね」

眼前にいたのは目深にフードを被った少年だった。真っ黒い喪服を着て両頬には逆三角系のペイント。フードで覆われていて顔を正確に判別できないが、この雰囲気と気配は一番見知ったものだ。

「マーモン」

「正解。よくわかったね」

「私がマーモンを間違える筈が無い」

くすくすと笑うマーモンを見上げて、ナマエはマーモンに膝枕されている事に気付いた。のろのろと身を起こしてきちんと自分の目で周囲を見渡す。
ロココ調の豪奢な家具で纏められた少し薄暗い部屋。その一角に置かれたこれまた豪奢なソファーにナマエとマーモンは座っていた。

自分の目で見た情報から、更に遠隔透視を使って遠くを見渡す。部屋の外、廊下、中庭、また何処かの部屋、そして完全に建物の外へ。更に街へ。――ここは日本ではない。

「マーモン。ここはどこ?」

くるりと背後を振り返って微笑んでいる彼に問う。

「イタリア、ボンゴレのヴァリアー本部。君は僕に会いに来て会話を楽しんでいた」

つい、とマーモンが示したテーブル上にあるティーセットと美味しそうなお菓子たち。

「すると突然爆発と白煙が君を包んで、白煙が収まる頃には呑気に寝こける君がいた」

恐らく十年バズーカだろうね、と結論を出したマーモンにナマエは深い溜息を吐いた。
誰にも見つかりやしないだろうと慢心してみたら、こんな結果になってしまったらしい。記憶の果てに置いておいた知識を引き出してかの家庭教師が言うには《効力は5分》だったか。

ちらりとマーモンを見てみればナマエの問に気付いた彼は答える。ナマエが来てからもう30分は経っている、と。
ぴし、と体が固まったが、すぐに緊張は解かれた。
もしバズーカが故障していたならそれを直すのは技術者だ。ナマエは技術者ではない。ならば考えたって仕方がない。在るべきものは自然と在るべき所に戻るだろう。それが抗いようのない世界の道理だ。決して、決してどうにかしようとするのが面倒なわけじゃない。

未来の自分が飲んでいたというカップに新しく紅茶を注いで息を吐けば、もういつものナマエだ。


*****


未来の、二頭身じゃないマーモンと会話を楽しんでいたらぴりりと何かを感じ取った。無意識に《何か》がある方へ視線を向ける。

「ああ、きたね」

「誰?」

「十年後の沢田綱吉」

首を傾げながら第三の目で遠くを見渡す。その先にいたのは確かに綱吉の面影を残した青年だった。不機嫌そうに顔を歪めて着々とヴァリアー内部へと足を進めていた。

「十年後の君は彼と喧嘩してここに逃げて来たのさ。彼がここに乗り込んでくるのは時間の問題だったけど、もう来たのか」

しみじみとカップに口を付けて傾けるマーモンは少しつまらなさそうだった。

「大体、彼はずるい。最初に君を見つけて誘ったのは僕なのにまんまとボンゴレ本部の方に持って行かれた。おかげで僕はつまらないじゃないか。君と仕事をするのをそれこそ十年以上前から楽しみにしていたのに。途中からのぽっと出の奴、しかも当時は素人に、持っていかれるなんて。多少なりとも強引な手を打てばよかったんだ!全く、後悔してもし足りない!」

ぶつぶつと不平不満を零すマーモンが唐突にナマエを見つめた。

「ああ、そうだ、君は十年前からだね。今のうちに言っておくよ。ボンゴレ本部なんかやめて僕の所に来たほうがいい!断言するよ、そっちの方が楽しいし、労働条件だっていいモノを用意する。屋敷に篭ったまま情報収集と書類関係だけをやっているだけで構わない。稼ぎだってこっちの方が――」

「――そこまで。それ以上俺のナマエを誘惑しないでくれる?」

轟音と共に現れた闖入者。オレンジ色の炎を纏った彼と目が合うか、合わないかの刹那――爆発と白煙が辺りを包んだ。


*****


突然包み込まれた白煙に眉を寄せながら、ナマエはちゃっかり自分の体を抱き締めている人物を見た。

「……ナマエ?」

とりあえず言いたい事は沢山ある。
どうしてここにいるのかとか流れ弾とは言えバズーカを人に当てた事とか、何故ナマエを抱き締めているのか。――なんだって十年後で見たような不機嫌な顔をしているのか、とか。
が、それが面倒だ。なんだかそれを問うのも面倒だし、もっと言うなら疲れたから口も動かしたくない。

『おんぶ』

「は?」

『疲れたから連れて帰って』

「はあ?何言って、ちょっと俺まだナマエに聞きたい事とか言いたい事が、あ!寝ないでよ!ナマエ!」

抱き締められているのを良い事に遠慮なく体を預けて寝る体勢に入った。何やら獄寺辺りの外野がうるさいが知るもんか。


リクエストありがとうございました。
十年後マーモンとほのぼのしてもらいました。
相変わらずすぎる面倒くさがりなので大抵こんな感じです。

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