ナマエが思わずぽかんと呆けてしまったのは仕方の無いことだろう。それ程にまで、予想外の事態が今目の前で起こったのだから。
ナマエは目の前でにこにこと人懐っこい笑みを浮かべた男に今し方「好きだ」と言われた所だった。

あまり、というよりも、全くナマエと縁の無い男だった。ただナマエの周りに人がいないのを見計らい近付いてきたが、それだけ。特に感慨は無く、寧ろ鬱陶しいと思う程。
シャーマンであるか否かは抜きにしても人が好きではないナマエが唐突に現れた男に特別な感情を持つ訳はない。
こんなに簡単に落ちるような女なら葉はあんなに苦労はしなかった。それを知らないから、この男は簡単に好意を伝えられたのだろう。

(……反吐が出る)

どうしようもなく苛ついて、左手を握り締めれば血が滲んだ。それはこの男がナマエに向ける瞳がそうさせた。

好意などと、笑わせる。この男はそんな可愛らしい感情など抱いていない。そんなモノよりも醜悪で、ナマエが最も厭うた感情だ。

S.Fの参加者ではないが、それなりに力を持ったシャーマンのようだった。ナマエの本質を見抜けるだけの力量は持っていたのだ。
それを知ってナマエに近付いた。
ナマエの力を手に入れようと、ナマエを利用しようと、人の良い笑みを浮かべて取り入ろうと画策する。その人間の、なんと醜悪な事か。なんと憎らしく、なんと恨めしい事か。

「君の事が好きなんだ」

優しい笑みで手を差し伸べるこの男には相手をする価値も無い。
一言も答えずに去ろうと背を向ければ右手を掴まれた。よりによって、不自由な右手を。咄嗟に振り払おうとしたがこの男から逃れるには力が足りない。
ぞわりと背筋に悪寒が走る。《声》を荒げようと口を開くが、その必要は無くなった。

「ナマエに触るな」

葉のいつものへらへらとした笑みは欠片も無く、険しい表情でナマエの手を掴む男の腕を叩き落としていた。ナマエを背に庇い射殺さんばかりに睨み付ければ、怯んだ男は情けなくも逃げ出した。

ナマエの中に生まれていたどろどろとした感情がふわりと霧散した。力任せに握り込んでいた拳は解かれ、縋るように葉の背に抱き付いた。葉の背に縋り、労るようにナマエの頬を撫でた風が一層ナマエの心を落ち着かせた。

男が完全に視界から消えるまで睨み付けていた葉がやっとナマエを振り返る。

「大丈夫か、ナマエ」

「ん、へいき」

さらさらナマエの髪を撫でられ、葉の腕の中に閉じ込められた。腕の中にすっぽり収まってしまう程の体躯を持ったナマエが葉を見上げて答える。

「で、あの男、誰なんよ。オイラのナマエにべたべたして」

「私の力が欲しくてうろちょろしてた。あとは知らね」

ふてくされたように答えれば葉の表情がわかりやすく歪んだ。

「なんだそれ。何もされとらんよな?」

「薄っぺらい告白された位───あ、」

感慨も無く零して、そのナマエは危うさに気付いた。
そうだ、彼は嫉妬深い。そして独占欲も強かった。

「告、白……?」

地を這うような声音で呟かれ、ナマエの背筋に冷や汗が伝った。頭を抱えたいような心境に駆られるがそんな事が出来る余裕は無い。
葉の表情を見るのが恐ろしくて俯いているとするりと左手を取られた。力任せに握り込み、爪で傷付け流れた血を葉が舐めとった。ぴりりと微かな痛みが走り眉を歪める。

「ちょ、葉、痛い、って……!」

逃れようと身を捩るが力強く抱き込まれて叶わなかった。
何度も舐められ、最後に小さなリップ音を鳴らして葉は漸く離れる。痛みやら羞恥やらで赤面し、潤んだ瞳で葉見上げた。

「ナマエは、オイラのだ」

するりと頬を撫でられ、そこに口付けられる。瞼や耳、唇へと口付けられ、右手を掴まれ男に触れられていた所にも葉の唇が寄せられた。

「誰にも渡さん」

ぎゅう、と一際強く抱き締められた後に、軽々と抱き上げられた。葉が歩む道は宿へと帰る道で。

「葉?え、帰るのか?」

「おう、帰るぞ」

まだ完全に機嫌は直りきらないようだが、多少雰囲気が柔らかくなった。安心したナマエは葉にもたれかかる。ふわりと優しい匂いに包まれて息をついた。

「ナマエ」

「うん?」

「あんまり一人でふらふらすんな。大丈夫だってわかってるけど、心配するんよ。変な虫は危ないから近付くな」

「……おう、悪かったよ。ごめんな」

手を伸ばして葉の頭を優しく撫でていると、また一つ頬に口付けが降ってきて顔の熱が蘇ってきた。

あまり彼を嫉妬させるような事態は回避した方が良さそうだ。普段は恥ずかしげも無く思った事を言う葉だが、嫉妬したりするとそこに行動が付加されるから厄介だと思う。

ナマエは本心からの好意を示されるのは苦手だ。どうして良いかわからなくなる。そこから更に行動まで示されてしまえば、もうナマエの受け止められる容量を超える。心臓に悪くて仕方ない。

「ナマエ。ナマエは、オイラのだ」

「ん、葉は、私のだ」

羞恥を押し隠しながら、降ってきた唇に自らの唇を以て応えた。




→あとがき
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -