卵や砂糖、バター、薄力粉にベーキングパウダー。それらを混ぜ合わせて出来上がった生地を二つに分けて、片方にホワイトチョコレート、もう片方にビターチョコレートを溶かして更に混ぜ合わせた。
作る数が数であれば、やはり生地の量も相当な物だった。大量の生地を混ぜ合わせるのに苦労しつつ、なんとか終わらせる。

ビターチョコレートが入った方の生地とゴムベラを置いて、名前は息をついた。
もう手が疲れ切っている。正直もう何もやりたくないが、後は型に流し込んで焼くだけだ。自らを奮い立たせて装備をゴムベラからおたまへと切り替えた。

赤いケーキカップへ均等になるように生地を流し込んでいく。ビターチョコレートの生地にはアーモンドスライスを散らせて、ホワイトチョコレートの生地にはドライフルーツのイチゴを乗せた。天板に並べて、予熱しておいたオーブンに突っ込んでスイッチを入れた。

「あー…これで一息つける」

近くにあった椅子にぐったりともたれ掛かって、ようやっと名前は息をついた。

今まで友達と呼べるような人間はいなかった。だから、バレンタインなどと言うイベントとは全くの無縁であった筈なのだが。
名前の用心棒や八ツ原の住民。塔子や滋、タキや田沼達は勿論の事。
これだけの人間──一部妖だが──にあげるマフィンを作るのも一苦労だ。

「大変そうだね、名前」

「ハオ」

椛の散らした着物ではなく、ワイシャツとジーンズという出で立ちのハオが名前の前でふわりと浮かんでいた。
唐突に現れた彼に驚く事無く、名前は立ち上がって慣れた手付きでお茶を淹れた。

「ありがとう」

「どういたしまして。今日は随分と軽装だな、ハオ」

「別にいつも着物でいる訳じゃないさ」

くつくつと喉を鳴らしてハオはおかしそうに笑う。笑いながら、マフィンの焼き続けるオーブンを指差した。

「名前こそ、随分珍しい事をしてるじゃないか。バレンタインか?」

「そう。お世話になっている人達にね」

「欧州から伝わって、いつの間にか様変わりしたものだな。男から贈るものがいつの間にか女からになって、愛する人から世話になった人まで渡すのか。流されてばかりだね、人間は」

「もうこれは国民性みたいなモノじゃないかな。というか、ハオだって日本人だろう?」

「僕はそういう括りじゃ収まりきらないよ」

ふふん、と偉そうに笑う彼はシャーマンキング然としている。名前はこれが嫌味に感じないのだから不思議だ。

「さて、ハオ。丁度良い所に来た」

「何か用があったのか?」

「うん。マフィンはホワイトチョコとビターチョコとどちらが良い?」

立ち上がって、生地が流し込まれたケーキカップ達を示した。
もうそろそろ焼き上がるのか、部屋に甘いチョコレートの香りが漂う。名前はオーブンを覗き込んで、焼き加減をチェックする。

「うん、良い感じかな。で、ハオ、どちらが良い?」

「というか、僕にもくれるのか?」

「あげないと思ったの?」

きょとんと名前を見るハオは本当にそう思ったようだ。
オーブンから移動した名前はハオの前に目線を合わせて座り込んだ。ハオの手を握って、目を逸らす事無く彼を見つめる。

「私にとってハオは大切な人だ。沢山助けて貰ったし、沢山大切なモノを貰ったよ。貰ったモノに対して釣り合わないけど、私はハオに感謝しているからちゃんと贈ろうと思ったんだ」

「名前」

「ただ、その、私はハオの好きな物を知らないから。何を贈ればいいのかわからなくて。無難にマフィンなら食べれるかな、と……」

ダメだったかな、と情けなく眉尻を下げた名前は不安そうにハオを見上げた。

「ダメじゃないさ。僕は有り難く受け取るよ」

微笑みながら答えれば、名前は花開くように口元を緩めた。若干羞恥があったのか少々頬が赤く染まっていた。

「なら良かった。じゃあ、ホワイトチョコとビターチョコ、どちらが良い?」

「勿論両方に決まってるだろ?」



Happy Valentine Day



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