「よーう!」

ぽすんと葉の背中に抱き付いた。名前とは違う、大きな背中は名前を受け止めてもびくともしない。

「お、なんだ、名前?どうした?」

「ほれ」

後ろから葉に抱き付いたまま、持っていた包みを差し出した。
これは近所でも有名な和菓子屋のものだ。名前がよく贔屓にしている和菓子屋で、旦那とその嫁とも仲が良い。
その縁あって、まだ店頭に並ぶ時期には早いが和菓子屋の旦那に頼んで春の和菓子を作って貰った。

葉は名前から受け取った包みを開き、感嘆の声を上げる。
鶯や桜の生菓子、梅や桃を象った割氷。春を思わせる温かな彩りの和菓子が包みの中に入っていた。その中から梅の割氷を取って葉の口に運んだ。

「ん、美味いな」

割氷を口の中で砕いて、広がる甘さにへらりと笑った。
そしてにっこり笑って、名前を引き寄せる。

「ぅ、わっ!」

力強く引かれて葉の膝に座らせられ、腹に腕を回されて抱き締められた。
葉は包みの中から桜の生菓子を取り出して名前の口元に持って行く。素直に生菓子を口に含めば、口溶けの良い甘さが広がった。

「美味いな」

「流石《京月庵》だなあ」

「なんでこんなの作れるんだろうな」

「やっぱり修行したんよ」

「葉達みたいにか」

「菓子のな」

のんびりほのぼのとゆっくり時が流れるように和菓子を楽しむ。これなら美味しい緑茶も用意してくれば良かったな、と名前は内心一人ごちた。
それでもあの旦那が作った和菓子は丁度良い甘さで不快になるような事は決して無い。

「最初は作ろうと思ったんだけどなあ。私は料理した事ねえから、失敗するのが目に見えてる」

「オイラは名前が作ったもんなら何でも食べるんよ」

「あー、あれだ。不味いものは食べさせたくないっつーオトメゴコロだろー」

「そんなもんか?」

「ん」

名前が葉の胸にもたれ掛かると葉が名前の髪を梳いた。さらさらと流れるように撫でるものだから、心地良さに瞳を閉じた。

「オイラも料理はやるけど菓子は作らねえなあ」

「ああ、そういやそうだな」

「なら、今度《京月庵》の親父に作り方教わって作ってみるか?」

胸に凭れる名前の顔を覗き込むように顔を寄せた。途端に顔を真っ赤にさせた名前に、相変わらずだな、と笑った。
たまに彼女は小さな事で照れる。普段落ち着いている名前の表情を葉が崩せるのは何か《特別》な気がして気分が良い。

「……それもいいな」

あの旦那なら、きっと快く作り方を教えてくれる。しかも手伝ってもくれるんだろう。
教わった菓子を沢山作って、アンナやまん太達にあげるのも良いかもしれない。アンナは辛口な評価をくだすんだろうけど、結局はどんな物でも葉と名前が作った物ならちゃんと食べてくれるだろう。あの娘は優しい娘だから。

「じゃあ、あとで《京月庵》に行ってみるか?名前」

「だな。ああ、そういえば新しいどら焼き作ったって旦那が言ってた」

「なら尚更行かねえとな」

名前はくすくす笑って葉の身体に擦り寄った。温かい葉の体温と規則正しい鼓動に安心を覚える。
未だに名前の腹に回っている葉の腕に力が籠もり、彼女を抱き締めたまま後ろに倒れ込んだ。軽い衝撃を甘受して葉諸とも畳に転がった。

「いきなり危ないだろー、葉」

「悪い悪い」

葉は自らの上に乗った名前の頬を撫でた。名前は擽ったそうに目を細める。

「ありがとな、名前」

「おう」

「来月のお返しを楽しみにしてるんよ」

「ん」

すっと近付いた名前が葉の頬に口付けを贈る。一瞬呆けた葉は直ぐに不敵に笑って名前の唇を奪っていった。



Happy Valentine Day



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