麻倉葉
少しずつ、少しずつ、壊れていく。 端から欠けて、崩れて、消えてまた欠けて。 ひび割れていくこの小さな音に一体いつ気が付くのか。 きっと、自分の足元が欠けて崩れて消えて、そうしてようやっと気が付くのだろう。 けれどもその時にはもう手遅れで。 抗う術も治す術も留める術もやり直す術も何も出来ずにただただ無力に嘆いて泣いて後悔しながら消えていくのだろう。
幸せを願うのは人それぞれだ。 そしてその形も人それぞれ。 不幸を厭い、苦痛を拒絶するのは人の性なのかもしれない。
苦しい事が嫌だったから楽になる事を求めた。 不幸は辛かったから幸せを求めた。 人の欲は際限なく膨張してゆく。 その欲を抑える事が出来なかった。 多くを望んで、まだ足りないと欲をかいて、その結果が、これ。
立ち込める硝煙。むせかえるような血の臭い。聞こえてくる誰かの呻き声。遠くで母を探して泣き叫ぶ子供の悲鳴。 消えた善意。生まれた悪意。 正しいのは強い者。間違っているのは弱い者。
一体いつからこうなった。
一度戦火に包まれた地は焦土と化して緑が消えた。 水は涸れて争いが生まれた。 空はいつだって薄暗い。 風が運ぶのは血と硝煙、そして人の焼ける臭い。
いつからこうなった。 いつまでこんな事が続くんだ。 あとどれだけ欲せば満足すると言うの。
崩壊が始まっている事に気付かない。 欠けて崩れて消えて、また欠けて。 少しずつ、少しずつ、壊れていく。 誰も崩壊に気付かない。気付けない。気付こうとしない。 そして尚も、欲をかく。
ならば、
「私が、終わらせてやろうか」
もう欲する事も出来ないように、全てを。
はっ、と陸は目を覚ました。 荒い呼吸に、どくどくと心臓が激しく鳴っている。酷く身体が怠くて、汗で濡れた寝間着が気持ち悪かった。 胸元の寝間着を握り締めながら、気怠げに布団から起き上がる。 どこか様子のおかしい陸を心配する夜の風の声も耳に入らない。 ただ心を落ち着ける事に専念して、陸は目を閉じてじいっと自らを宥める。それでも上手くいかなくて、ふらりと立ち上がって部屋を出た。
夜更けの庭は酷く静かだ。そんな中で、陸の足音だけが夜の静寂を掻き乱す。 ふらふらと覚束無い足取りで陸が向かうのは葉の所だ。 彼の部屋の障子を音も無く開けて、布団にくるまり暢気に寝こけている葉の傍らに座り込んだ。布団の中に隠れていた葉の手を取って陸は自らの頬に当てる。 陸よりも大きくて、固くしっかりとした手は温かかった。
───葉がいる。ちゃんとここに、存在している。
「おわらせなくて、よかった……っ!」
無意識に涙が頬を伝った。
大寒
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