麻倉ハオ





「あっつそうだよなあ、お前」

陸の前でぱたぱたと団扇で扇ぐハオを見て、小さく呟いた。
衣服はだらしない印象を与えない程度に寛げられてはいるが、ハオの恐ろしく長い髪は彼の背中を流れている。ハオが団扇で扇ぐ度に揺れる髪があると同時に、汗で張り付いている髪もあった。

「ああ、暑いさ」

「だったらどうにかすりゃいいだろ」

括るなり、何なりと。いっそ思い切ってばっさり切ってしまうのも有りだろう。
けれども切りようによっては葉と被ってしまうか。

「髪紐を忘れたんだよ。陸は持ってないのかい?」

「私の長さじゃ括る必要ねえだろ」

「確かにね」

苦笑したハオは微かに辛そうで。
はあ、と大袈裟に溜め息をついた陸は部屋の隅に据え付けられた棚の引き出しを漁る。がさがさと少し乱暴に引き出しを物色する陸を不思議そうに見るハオを無視して、目的の物を探した。

(あー、確かここにしまったと思ったんだけど)

一つは愛用の物で、もう一つは気に入って思わず買った物。けれど先程ハオに言った通り、陸の髪の長さでは到底使えそうに無い物だった。

(あ、あった)

陸が手に取ったのはよく使う紅葉が彫られたつげ櫛。そして赤いトンボ玉がついた簪だった。
その二つを持ってハオの背後に座った。

「陸?」

「いいからじっとしてろ」

振り返ろうとしたハオを制して、彼の長い髪に優しく櫛を通した。
流れるような髪は殆ど絡む事無く櫛に浚われていく。
憎たらしい程綺麗な髪だ。

「長いと大変だな」

「そりゃあね。夏は暑いよ。梅雨は鬱陶しい」

「じゃあ切りゃあいいだろ?これからまだ暑くなるんだし」

「それだと葉と被るだろう?」

「あー、だな」

喋りながらハオの髪に櫛を通していく。
全体を梳いて、髪を後ろで一纏めにして数回捻り、簪を差し込んだ。差し込んだ簪に纏めた髪をくるくると三回巻き付けて、簪を一回捻る。最後に簪をひっくり返しながら差し込めば、ハオの髪は簡単に纏められてしまった。
これで首元がすっきりして先程よりかは過ごしやすいだろう。
これで彼は少女と見紛うばかりの出で立ちになったが、偉大なるシャーマンキングにとってはとるに足らない事のようだ。

「ありがとう」

「どういたしまして」

「それにしても、陸に髪を結って貰った、なんて事があいつに知れたらどうなるか」

おどけたように肩をすくめたハオ。
ハオの言うあいつ、というのは彼の片割れだと言う事はすぐにわかったが。

「どうなるか、って、なんで?」

「あいつは独占欲が強いみたいだからね」

「そりゃ知ってるけど、髪結ったくらいで嫉妬するか?」

陸の方へ向き直ったハオは楽しそうにくつりと笑った。

「十分だよ」

「マジかー…」

そうなのか、と陸が納得していると、徐にハオが立ち上がった。
いつも笑みを浮かべているハオだけれど、今の笑みはどこかあくどい。まるで新しい悪戯を思い付いた子供のような。

「ハオ?」

「ちょっと用が出来たからね。お暇させてもらうよ」

「お、おう」

ひらひら手を振って部屋を出て行ったハオを見送って、深い溜め息をついた。

「葉をからかいにいったな、あいつ……」

本当に、ハオは引っ掻き回すのが好きだ。
あと少し経てば、嫉妬した葉が陸の所にやってくるだろう。

紅葉が掘られたつげ櫛は、引き出しに仕舞わずに手元に置いておこうか。




小暑


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