あの子





人々は今一度再生の時を許された。例えそれが彼女の本意ではなくとも。

なんてことはない。彼女は彼女のやりたい事をしただけだ。やりたいようにやって、結果的に世界を救った。
誰かに命令された訳でもなく、願われた訳でもない。
それは彼女の功労であることには間違いなく、彼女が受け取る勲章は数え切れないだろう。――ああ、けれど。けれど、受け取るべき彼女の姿はもう何処にもない。

誰よりもこの光景を望んでいたのに。誰よりもこの世界を切望していたのに、彼女は一目見ることもなく起きる事のない眠りについてしまった。

歌いきった彼女の身体の殆どが《崩れて》いた。例えばそれは空気に溶けていったかのように彼女の華奢な体は《崩れて》いた。
力と魂を星に与え続け、自身の形を保つ事が出来なくなる程消耗し、あわや死ぬだろうか――もしくはもう死んでいたのか――という所で人ではない何かに保護され何処かへと行ってしまった。

――眠りについた、と彼らは言う。けれど起きるかはわからない、と。起きれないかもしれない、と。

少しずつ少しずつ世界は進み始めた。
澱んだ灰色の空は眩しい位の青い空に。浄化する必要もない程綺麗な真水に広がる草原。血臭を運んでいた風が今運ぶのは草花の匂い。罅割れた大地の隙間から生えているのは色鮮やかな花だった。
空を無尽に飛び交った戦闘機はもう姿を消した。馬鹿みたいな諍いも悲しい奪い合いももうしなくていいのだろう。生きる気力を失い、死んだように生きていた人間の瞳には光が宿った。

きっとやり直せるだろう。自然が溢れ笑顔に満ちた世界になれるだろう。

なのに、彼女はどこにもいない。


小満


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