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アンナにしごかれて地獄の淵を垣間見ている葉、竜、ファウストを陸は楽しそうに座って見ていた。その隣にまん太が青い顔で乾いた笑みを浮かべ、その反対側ではたまおがそわそわと修行を見守っている。
「オラクルベルがトーナメントの知らせを告げて、もうちょいで2ヶ月か。もう修行も終盤だな」
「だね。これが終わったら会場に案内されるんでしょ」
「で、シャーマンキングを決める戦いが始まるわけだ」
サイドテーブルに置かれたお茶を取ろうとすれば、たまおが陸の左手を取って湯呑みの所まで導いてくれた。 それににっこりと笑ってお礼を言えば、照れて手をわたわたさせるたまお。 殺伐としたあちらの空気と打って変わって和やかな空気が流れる陸周辺にまん太は苦笑する。
「そういえば陸さん、もう身体は慣れた?」
「前と比べたらかなり慣れたけど、まだまだだなあ。普通に歩いたら足は遅えし、疲れやすい。右手はもの持てないし。片目が見えてないから遠近感がよくわんねえ」
こうして誰かに手を導いて貰わなければ取り落としたり引っかけてしまう。それでももう慣れてきたし、陸にとって身体の不自由など特に気にする事ではない。 言霊を使うから、要は口さえ動けばどうにでもなるのだ。
「そっか……」
からからと笑って答えたはずなのにまん太、そしてたまおまで気落ちしたようにしょぼんと肩を落としてしまった。 陸はぎょっとして、何か不快にするような事を言ってしまったのかと不安になればまん太に手を握られた。その反対のをたまおが両手で優しく包み込んでいる。
「ちょ、どした?」
「陸さん、僕、ずっと言いたかった事があるんだ。葉くんと友達になって、たくさん色んな事話したよ。陸さんの事だってたくさん聞いた」
「まん太?」
「ありがとう」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。 けれどもすぐにお礼の言葉だと理解するも、何に対するお礼なのか理解出来ない。何か心当たりはないかと記憶を辿ってみたが、ヘリを貸してくれたりしたことしか思い出せないし、それは陸がお礼を言うべきだ。 必死になって心当たりを探しているとまん太はまた陸の名を呼ぶ。にこりと笑って陸を見上げるまん太に息が詰まった。
「ありがとう。陸さんが頑張ってくれたから僕は今生きてる。楽しい事ばかりじゃないよ、辛い事ばかりじゃないよ。それでも僕は幸せだよ。生きて、葉くんや、アンナさん、竜さん達に出会えたし、これからだってたくさん出会いがあるから嬉しいんだ。だから、歌をありがとう」
まん太の言葉の後に、照れ屋なたまおが小さくありがとうございます、と呟いた。 まん太とたまおは綺麗な笑顔だった。その笑顔を見て、陸の心が暖かいものに包まれる。
陸の歌が、まん太とたまおに届いたのだ。
「どういたしまして」
嬉しい。嬉しくて嬉しくてたまらない。 陸は人間が嫌いだった。壊す事しかしない人間達と陸も同じ人間だったから自分も嫌いだった。その嫌悪はやがて無関心に変わって全てがどうでもよくなった事がある。 それでも大切な人は出来るのだ。彼女の為に、彼女が守ろうとした人間の為に、生まれゆく命の為に歌った。 その歌は決して無駄ではなかった。
「ありがとう、まん太、たまお。生まれてきてくれてありがとな」
くしゃりとまん太の頭を撫でてとびきりの笑顔で返せば、二人とも照れたように笑った。
*****
「ぁぁあああー……もうだめだ、疲れた……」
まん太とたまおと楽しく談笑していれば、休憩に入ったのか葉が陸の所になだれ込んできた。縁側に座る陸を包み込むように抱き締めて陸の負担にならないように寄りかかる。 ふう、と長くため息をつく葉に陸は苦笑しながら背を撫でた。
「葉大丈夫かー?」
「おー……アンナはスパルタ過ぎるんよ……」
「葉達の為だ。頑張れ」
「おう」
ぽんぽんと葉の背を軽く叩きながら傍に置いてあった空のグラスの淵をトン、と叩けばグラスに水が溢れた。空気中にある水分を清浄にして注がれたものだ。 それを葉に差し出せばはにかむようにして笑ってお礼を言い、陸の隣に座った。 陸は更に同じようにして空のグラスに水を注いで言霊をかける。
「《浮け》」
ふわりと浮いて──中の水はこぼれずに──宙を舞った。 ふたつのグラスを携えて普通の人より幾許か遅い歩みで力尽きて倒れている竜とファウストの元へ行く。
「おーい、大丈夫かー?」
「あ、姐さん、俺ァ、地獄を垣間見やしたぜ……」
「おいおい、これでんなこと言ってたら今度は閻魔と御対面しちまうぞ。ほら、取りあえず水飲めよ」
「……ありがとうごぜえやす」
すっかり疲弊仕切った竜に苦笑して、陸はファウストに向き直りグラスを浮かせて差し出した。
「あア、ありがとウございマス陸サン。所で身体の調子はいかがでショウ」
「どういたしまして。身体の方は特に支障はねえよ」
「そうですカ。デスが、あなたの身体は言霊で動いていル。疲れが出てもわかりにくいのデスカラ、気をつけて下さい」
「おう、ありがとな」
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