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静かな夜だった。
人の声は一切無く、虫の音もどこか静かだ。木々の葉がなる音は涼やかで月明かりに照らされた静かな夜はとても心地よかった。
そんな夜に陸は目を覚ました。
最愛の人と再会して安堵した陸は身体の力を抜いてそのまま寝入ってしまったのだ。中途半端な時間に目を覚ましてしまったので、睡魔は飛び去りこれ以上は眠れないような気がする。

ほう、と陸は息を吐き出してふと両隣を見てみればアンナとたまおが気持ちよさそうに眠っていた。
このまま起きていてもいいのだが、アンナとたまおを起こしてしまいかねない。陸も疲れていたが、アンナやたまおだって疲れているのだ。

「少しくらいならいいか」

音をたてないように立ち上がって、選手村宿舎の窓へ向かう。
ドアから出ればいいのだろうが、そこから外への出方などわからないし、戻り方だってわからない。
仕方なしに窓を開け、夜の風に手を借りてひらりと外へ飛び出した。冷たい大地とさらさらと揺れる草を踏みしめて思うままに進んでいく。
少し歩いた所で陸は足を止めて顔を綻ばせた。

「すげえ、綺麗」

先にあった林に入っていけば、開けた所に出た。
何もない所だったが、緑に囲まれているというだけで陸は満足出来るし、その光景が月明かりに淡く照らされて美しい。
感嘆しながら広場に入れば虫達が静かに歌い始めた。

「そういえば、起きてから歌ってない」

他人からすればそんな事かと呆れられそうだが、陸からすれば死活問題だ。
歌を歌う事を至上の喜びだと思っている陸にとって歌えないという事はかなり辛いことである。

「ここは一曲、彼らの為に歌おうじゃないか!」

彼ら、とはここにある大地や草花だ。
陸の言葉を聞いた彼らは嬉しそうにかさかさと揺れる。深く息を吸って旋律を風に乗せた。
いつもは歌詞があるのだが、今回はメロディーだけの歌を。
陸が発する旋律は静かで美しく、心癒されるようなもの。大切な人へ内緒で愛を囁くような小さな声でも不思議と辺りを包み込み、通る音は確かな旋律。

どれくらい歌っていたかわからない程長く歌い続けた。
歌うだけ歌って、最後に息を吐いて呼吸を整えれば陸の背後から小さな拍手が起きた。ここには自分しかいないはずだと驚いて振り返れば今は寝ている筈の最愛の人。

「何やってんだよ、葉」

「それは陸にも言える事だぞ。それにしても、相変わらず陸の歌は綺麗だな」

陸から少し離れた所で胡座をかいて座っている葉。
ゆっくりとした動作で葉の元へ行き、隣に腰掛ければ葉は陸の手を握った。

「……オイラは、前の歌より今の歌の方が好きだ」

「前?」

「陸が最後に歌ったヤツ」

「ああ、あっちか」

「陸には悪いが、前の歌はオイラ嫌いだ」

珍しく嫌いだと言い切った葉に目を見開けば、葉は困ったように笑って月を見上げた。

「前の歌は、陸が死ぬ事が前提だろ?例え陸が望んでやった事でも死ぬ為の歌は嫌いだ」

「……命の歌だ」

「おう、他の奴らにとってはな。でも陸を大切に思ってるオイラからすれば死の歌以外のなんでもねえ」

自然の為に陸は歌った。人間の為に陸は歌った。陸が歌って、陸だけが死んで、他の者達は《歌姫》を讃えて幸せになる機会が与えられた。

ならば、陸は?

最も頑張った彼女は消えようとしていた。
精霊達が力を振り絞って陸を助けて今ここにいてくれているけれど、それ自体奇跡に近いものなのだ。精霊達の再生が間に合わなければ陸は助からなかったし、助けれても陸が再生する保証はどこにもなかった。

何故陸が歌う前に自らの行いを振り返る者がいなかったのだろう。何故自らの行いを改めようとしなかったのだろう。
そして陸が犠牲になってまで救おうとした世界はまた同じ所に入ろうとしている。

「なあ、陸」

「ん?」

「オイラはシャーマンキングになるぞ」

陸がもうあの歌を歌う事の無いように。他人の為に全て捨ててしまった陸が今度は幸せになるように。

「……私はさ、葉がいいならいいよ。会わない五年の間に何があったかわかんねえけど、私は葉の幸福を願うから」

「だったらオイラとずっと一緒にいてくれよ」

それが葉の幸福なのだから。

「さて、身体が冷えちまう。帰るぞ陸」

葉の着ていた上着を陸の肩にかけて抱き上げる。驚きの声があがったが黙殺して宿舎への道を辿った。

「せっかくだし、一緒に寝るか」

「はあ!?」

「何だよ、嫌なんか」

「……嫌、じゃねえけど」

「よし」

葉はくつくつと笑って宿舎へ戻っていった。

葉の布団の隣にまん太や竜がいたが気にするなと言われてなんやかんや陸は葉と寄り添って眠った。
翌朝、陸が目を覚ますと隣に葉はおらず、何やらアンナに叱られていたが気にせず二度寝を楽しんだ陸だった。









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