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沢山のものが過ぎ去って行く。
冷たくも優しい海に抱かれて、様々な生き物達が自由に泳いでは消えていく。
帆が張られた船。古代の壁画。砂を吐く鰐。生命の始まり。滴り落ちる水。無限の魂。
海へ還る。
生まれた場所へ。
死に逝く場所へ。
海から生まれ、大地の恩恵を授かり、還る。
静かに波打つ最果ては。
遥か先。
気の遠くなる程遥か先に、一人佇む少女。
服を赤黒く染めた少女はただ一人、歌を歌い続ける。
生の歌。愛の歌。始まりの歌。
死の歌。哀の歌。終わりの歌。
赤い水はひたりと落ちて、小さな波紋は次第に大きく。
終極。終焉。歌は終わり。
少女は眠り、大地が起きる。
海は細波。花が芽吹き。生まれ出でる命。
遥か昔。少女は一人歌い続ける。
*****
洞窟を抜けた先には、街が広がっていた。 それに驚いているまん太やたまおを余所に、陸は光の柱を見ていた。G.Sの恩恵は陸には必要無い。それを互いが理解しているために、G.Sからは星の記憶が送られてこずに、声だけが聞こえた。
《おかえりなさい《歌姫》》 《久しぶりだね》 《ああ、あの時と見た目は変わらないのだね》 《懐かしい、懐かしい》
「そうだね、あの時から止まっていたから見た目は変わらない」
《これからも?》
「いや、変わるだろ。私の時は動き出したから成長する。葉たちと共に」
《葉》 《大地の子だ》 《《歌姫》が愛した男の子》
「そう、私の一番大切な人だよ」
愛おしそうに話す陸にG.Sは嬉しくなった。 全てを諦めて嫌った陸が人を愛する事を知り、愛される事を知った。 G.Sにとって大切な事は《歌姫》である陸の幸せで、陸が幸せになれば自分達も幸せな気持ちになれるのだ。
「葉に会いてえんだけど、居場所を知ってる?」
《知っているよ》 《我らが知らぬ事は無いからね》 《友と共に歩いているよ》 《イタコの娘に着いていけば自ずと会える》
「わかった、ありがと」
《大切な《歌姫》の為だから》
静かな声が耳に心地よく自然と目を細めて微笑む。G.Sの声がしなくなると同時に陸の背を温かい風がやんわりと押した。
*****
G.Sと別れ、アンナの後ろを大人しく歩く陸。 先程まん太とたまおと別行動になり、陸とアンナは葉を捜すためにパッチの選手村を練り歩く。不意に陸が立ち止まって、軽く頭を抱えて目を閉じる。 起きて間もなく始まった長い旅に、陸の身体は悲鳴を上げ始めていた。 立ち止まった陸を心配そうに見やるアンナに心配いらない、と笑って返して奥へ進んだ。 明らかに陸を心配するアンナだけれど、陸がどれだけ葉に会いたがっているかを知っている。陸を休ませようにも、未だ葉に会えない状態では絶対に休もうとしないし、逆に無理矢理休ませても行動力がある彼女の事だからアンナの目を盗んで行こうとするだろう。
あの男はどこをほっつき歩いているのだ、とアンナは内心毒づいた。
「……陸」
「うん?」
「あっちに良さげな土産物屋があるわ。ちょっと気になったからつき合いなさい」
指差した先にある土産物屋に目をやって陸を連れていく。 店員に椅子を出させてアンナが品を選んでいる間だけでも休んでもらおうと目論むアンナに、陸は苦笑した。
「……うん、ありがとアンナ」
「……別に」
照れて歩みが速くなりざかざかと先に進むアンナを陸は笑いながら追いかけて行けば、早くも店についたアンナが巨体のパッチを脅して椅子を出させていた。 それにまた苦笑して、とんとん拍子に店の奥へ連れ込まれた陸にパッチの男はお茶を差し出す。
「大丈夫ですか?」
「ああ、ありがと……あんたらは、あの子を守ってくれてる一族だな」
「左様です《歌姫》。私はカリムと申します」
「初めまして、私は陸だ。大丈夫だよ。私はS.Fに手を出したりしない。ちょっと大切な人に会いに来て、ついでにS.Fを見ていくだけだ」
静かに微笑んで告げられた言葉にカリムは目を見開く。 カリムの内にあった疑問や不安を見透かされ、何事も無かったように解決させた。
「まあ、口は出すかもしれないけどな?ちなみにこの場合、言霊じゃなくただの意見だから」
悪戯を楽しむ幼い子のような顔をしてカリムを見上げる少女に深く息を吐いた。
「貴方に言霊を使われたら此方はどうしようもありませんよ」
陸は苦笑したカリムをくつくつと喉を鳴らして笑った。
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