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陸が泣き止んだあと、葉明は用事があると出て行きまたアンナと他愛もない話をしていたら、いきなりアンナがアメリカへ行くと言い出した。
「な、なんで!?」
「葉にこれを届けなくちゃいけないのよ」
どこからともなく取り出されたのはボロボロになった和綴じの本。《超・占事略決》と題されたそれはかつて麻倉葉王が書き記したもの。
「私も行く!」
「ダメよ」
「なんでだよ!?私も葉に会いたいし葉王に会って頭蹴飛ばさなきゃなんねえのに!!」
「こっちこそなんでよ。あんたは身体に色々欠陥があるのよ。そんな身体でS.Fに行けないでしょ。あと、なんであんたが葉王を知ってんのよ」
「あいつも二回精神世界で会った」
「詳しく説明しなさい」
そこはかとなく凄みが増したアンナに同様しつつ、今まで葉王とあった事をざっと話していく。 どんどん凄みが増していくアンナに陸は焦る。 話し終わった後、少し沈黙が生まれたがアンナが壊す。
「ならあたしが責任持って葉王をどついてくるから陸は留守番」
「だからなんでだよ!?私の手でやらなきゃ意味ねえじゃん!!」
「ダメったらダメ」
一向に譲ろうとしないアンナに痺れを切らした陸は魔法の呪文を唱える。これを使えばアンナに大ダメージを与え、陸の勝利は確実だ。 少々残酷だが仕方がない。
「嫌いになる」
「な……!?」
「連れてってくんなきゃアンナと口きかない。アンナなんか嫌いになってやる」
「な、あ、あたしを嫌いにならないんでしょ!?」
「葉に会いたい。葉に会わせてくれたらもっとアンナの事もっと好きになるし、アンナの言う事ひとつだけ聞いてもいいぜ?」
我ながらせこい手だと自覚しているしこんな風に駄々をこねるのは堪らなく恥ずかしいが今は背に腹は変えられない。目に見えて動揺するアンナを見て内心ほくそ笑んだ。
「……アンナ」
「ぅぐ……だ、だったら、あたしから離れない事!これ破ったらすぐに出雲に送り返すから!」
「アンナ大好きだあああ!」
多少動けるようになった身体で力いっぱいアンナに抱き付く。 陸の身体を支えられなかったアンナは後ろに倒れ込み、陸に怪我が無いように慌てて抱き返した。
「えへへ、葉と同じくらい愛してるぜ!意味合いは違うけど!」
「……知ってるわよ」
*****
旅の準備をしたあと、アンナとたまおと麻倉の家の前で誰かを待っていた。 待ち人は小山田まん太といい、葉の初めての友達らしい。陸にとっては葉の初めての友達はアンナだと思っていたのだが、本人に強く否定されてしまった。けれど恐らくは照れ隠しなのだろう。 何度かポンチとコンチにちょっかいをかけられてはアンナに潰されるというものを見ていたら、家の前に黒いリムジンが止まった。 中からでてきたのは素晴らしく小さい茶髪の少年。
「迎えに来たよ!」
彼が小山田まん太なのだろう。 まん太に促されるままリムジンに乗り込み、小山田カンパニー所有の空港へ向かう。 車内で簡単に自己紹介をすれば陸はまん太に驚かれた。
「私を知ってんのか?」
「うん。葉くんがよく話してくれたんだ。葉くんのお嫁さんになる人だって」
「あいつ……」
「陸さんは葉くんに凄く愛されてるんだね。沢山惚気られちゃったよ」
「ホントに。鬱陶しかったわ」
「……ごめん」
恥ずかしくて仕方ない。 どうやらこの5年で大して変わっていないようだ。嬉しいやら恥ずかしいやら。また会ったら心臓に悪い事を沢山言われるのだろう。 みんなでわいわいと話していれば――アンナは騒いでいないけれど――車を運転していた小山田カンパニーの社員である田村崎が貼り付けたような笑顔でもうすぐ空港に着くという旨を伝えた。
「陸さん?どうかした?調子悪くなっちゃった?」
「ええ!?大丈夫ですか陸様」
「……いんや、平気だよ」
先程自己紹介された時のように、この男が気に食わない。 ただの性格の不一致だとか、同族嫌悪だとか、そういう理由で気に食わないのではない。
――闇を孕んだその目が気に食わないのだ。
誰も移す事無く自らの思いの為に何を犠牲にしてでも成し遂げようとする。それが悪いとは言わないが陸は田村崎が気に食わない。 どういう男かはよく知らないが第一印象は最悪で、きっとそれはこれから変わる事はないだろう。 この男がアンナや葉にいらぬちょっかいをかけなければいいが。
「(まあ、用心するに超した事はないか)」
田村崎は要監視、と結論づけて小山田所有の飛行機へ乗り込む。 憂いは多々あれど今は早くアメリカへ向かわなければ。
「(葉に、会いたい)」
今思う事はただひとつ。かの愛しい人に会う事のみ。
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