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ぐまくらに連れられ恐山に向かう葉とマタムネを余所にいち早く大鬼の元へ着いたのは陸だった。
陸を視界に入れ、焦った顔をする大鬼を冷たく見上げる。

「アンナをどこにやった大鬼。返答次第じゃ許さない」

『怖い事言うなよ、《歌姫》。別に俺は何にもしてねえ。ただちょっと現実っつうもんを教えてやっただけだ』

「現実だと?」

『そうさ。あんな汚ねえ心を持ってる奴をお前が好きになるはずないってな』

「戯れ言抜かしてんじゃねえぞ。私の事を何も知らないお前が私の事を決めるな」

睨みつけると大鬼はいやらしい笑みを浮かべる。喉を鳴らして笑う大鬼が不快で仕方がない。

「何がおかしい」

『おかしいさ。俺がお前の事を知らない?そんなわけねえじゃねえか。俺はママから生まれたが、魂の源はお前の力だ』

世界に存在する全ての源には必ず陸の力が眠っている。
人間がそれに気付く事は殆ど有り得ないが、精霊や妖の類は話が別だ。人間霊だったならば気付く可能性は広がるがやはり難しい。けれど自然と共に生きる精霊や様々な能力を持つ妖なら気付く事が出来る。


『俺は知ってる。お前が何をしたのか、何を思ってやったのか。』

「……へえ?」

『立派じゃねえか。だがお前は人間に対して潔癖だった。人間は他者を憎み恨み妬み自然を壊し殺戮を繰り返す。お前は奴らを疎み嫌い、無関心になった。最後は結局助けたみてえだが嫌いな事には変わりはない。違うか?』

「確かにアンナは人間を憎み恨み妬み嫌い鬼を生み出す。けれど、あの世界を生きた私がたかだか《そんな事》で嫌いになれるわけがない。アンナなんか私から見ればまだ可愛いものだね。アンナがあのままでいようとしていたらお前の言うとおりになっていたかもしれないが、アンナはちゃんと改善しようとしている。その証に少しずつ葉を受け入れている」

そう言う陸に眉を寄せ睨みつける大鬼。
陸がいてはアンナの負の感情が消えてしまう可能性があり、野放しにしておくのは得策ではない。だが、大鬼に陸を排除出来るわけもない。
けれど大鬼は陸を知っている。それはとても強みになる。
現に大鬼は陸の身体が不完全である事を知っている。

『だからどうした。ママがアサクラヨウを受け入れるわけねえ。嫉妬の対象なんだからな。だから俺は消えない。俺はアサクラヨウを殺せる』

「やれるものならやってみろ。私が全力で邪魔してやるよ」

『その不完全な身体でか?』

「私を知ってんだろ?私には身体が動く動かないは関係ない。ただ口さえ動けば問題ない。試してみるか?大鬼」

顔をひきつらせ両手を振り拒否する。
歌姫と呼ばれる陸を敵に回すのは死と同義とも言える。もう既に敵に回しているがまだ陸は手を出す気が無いから大鬼は生きていられるのだ。
葉を殺すなら陸を遠ざけなければならない。

『まあ、いい。とにかく《歌姫》、てめえがいると邪魔なんだ。ちょいと気絶しててもらうぜ』

「!?」

巨大な手を振り上げ、陸を吹き飛ばす。
反応が遅れてしまい防御が間に合わず手が直撃し飛ばされる。背後にあった木に背をぶつけ肺の空気が押し出され一瞬息が詰まった後気を失った。
陸の周りにある風が瞬時に荒れ狂い、陸を取り囲む。その風はこれ以上陸を傷付ける事は許さないと如実に語っていた。


*****


陸の意識を飛ばした後大鬼の身体は完全に回復し、更に強い力をつけた。
これならあの忌々しいねこまたにも葉にも負けない。
これであいつらを殺せる。
近くにあった地蔵を拳ひとつで粉砕する。

『いい、感じだぜ。ったく、テメエ等がどうやってここまで来れたかは知らねえが、パワーアップ!した俺様にわざわざ殺されに来るとはいい度胸じゃねえか。なあ、アサクラ、ヨウ』

恐山の本堂の屋根に座りコートを着込んだ葉とマタムネを見下ろす。
葉に話しかけてはいるが葉は大鬼に目も向けずただ一点を見つめている。大鬼がいる本堂の目の前にいつも夢の中で会う時と同じ恰好をした陸が風に取り囲まれながら力無く倒れていた。

「……なんで、陸がここにいるんだ」

『あん?テメエ等が心配だったから起きてきたみてえだぜ。ま、邪魔だったから気絶して貰ったがな』

「貴様……!」

『葉さん、落ち着いて下さい。大鬼。アンナさんはどこだ』

『なんだァ?ちょっと見ねえ間に随分と……』

『アンナさんはどこだと聞いている』

鋭く睨みつける葉とマタムネを面白そうに見て笑う。

『知らねえよ』

「何!?」

『まあまあ、そう怖い顔すんなって。別にまだ死んじゃいねえと思うぜ』

「……どういう事だ」









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