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鬼。 ウラミや怨念のこもった魂が時を経て増幅され蓄積されあふれだし具現化したもの。
*****
安井旅館に到着した葉とマタムネは居間でテレビを見て一段落していた。
「あーびびった。あん時は本当に殺されるかと思ったよ。しかし鬼がでるとはシャレになってねえよな、マタムネ」
『シャレどころか鬼はいつも本気ですから。実際死ぬ寸前でしたよ、葉さん』
さらりと怖いことを言うマタムネを葉は凝視した。本当でもなんてことを言うんだ。 葉とマタムネが和気藹々と話していれば静かに襖は開けて木乃が入ってきた。
「北の場末にの町には誰もが流れ着くものさ。人も、霊もね」
「やあ、ばあちゃん悪いな、遅れちまって」
「別にいいよ。待たせているのはこちらだって同じだからね。だが、葉。お前もう会ったんだろ?件の娘に」
『らしいですね。葉さんの話を聞くにその娘に間違いない』
おかしい。 葉はあの少女に名乗った覚えは無い。 最初は陸経由で知ったかと思ったが、名前は聞けても姿まではわからないはずだ。なのにあの少女は葉の姿を見ただけで名前を当てて見せた。
「やれやれ、あの娘ときたら困ったもんだ。たまに用事を頼めばこの通りいつまでたっても帰ってこない。普段は部屋にとじこもってばかりおるくせに」
「……ばあちゃん。その娘にオイラの写真とか見せたんか?」
「いんや、話はしたがお前の事は一切話しちゃおらん」
「いや、それはおかしいぞ!だってあいついきなりオイラの事……!」
がらりと玄関の引き戸が開く音がした。 下駄の転げる音がしたあと安井旅館の古い床が軋んで鳴る。 音の主はギシギシと音をたてて葉達がいる居間に近づいて来る。
「おや、噂をすればなんとやらだ」
居間の襖の前で音は止み、するりと微かに開かれた。 微かな隙間から出てきたのは蝋燭が沢山入った袋を持った手だった。その手の先には昼間に出会った少女の姿。
「……おつかい」
袋を手渡すことはせずそのまま落として襖を閉めた。 礼儀もクソもない態度は葉の気にさわった。葉はいきり立ち、思わず声を荒げた。
「なんて挨拶だ!!」
『葉さん挨拶されてませんよ』
「されてない!くそっ!っていうかやっぱあいつだったみてえだ!少ししかカオ見えなかったけど確かに!」
失礼な態度のアンナに一言何かを言ってやろうと追いかけ始めた葉を木乃が止める。
「およし。追って叱りつけるつもりならあの娘には無意味だよ」
「何?いやしかしオイラだってわざわざこの為に青森まで来たんだぞ。なのに死ねだの殺すだのワケわかんねえこと言われたまま引けるかよ。そりゃばあちゃんが選ぶぐれえだからそれなりの才能はあるんだろうが、ばあちゃんのわりにずいぶんワガママに育てたんだな」
「バカめ。アンナには、陸以外の言葉になんの意味もないんだよ」
今まで一度だってアンナに言葉が届いた事は無い。 アンナが持つ力故に、見てきたものは深い。 闇を呼び、恨みを呼んだアンナの世界に入れたのは陸だけだ。
*****
木乃に止められ、それ以上追うわけにいかず不機嫌のまま、マタムネと安井旅館の大きな風呂に入る。
木乃はアンナに陸以外の言葉に意味は無いと言う。
葉はふと陸がアンナと仲良くなれたと嬉しそうに話していたのを思い出す。仲良くなれた、と聞いただけでどんな話をしたか聞いていないがアンナにとって陸との出会いは、世界が百八十度変わる程の事だったんだろう。 けれど陸の言葉だけに意味を見出だすのはどうかと思う。
「さっぱりわからん。なんで陸の言葉しか聞かないんよ。そもそもなんでオイラの事わかったのかがわからんし。じゃあなんだってんだよ、あのアンナって奴は……」
『葉さんは心配性。陸の言葉しか聞こうとしないあの娘を案じているのでしょう』
「……別にそんなんじゃねえよ」
葉はそう言われて恥ずかしかったのか思いきり湯船に顔を沈める。 素直に肯定しない葉が微笑ましくて自然とマタムネの口角が上がった。
「良いではありませんか。そこが葉さんの良い所でしょうに」
湯船から顔を上げて呟く。
「……あいつは、きっと本当に陸以外どうでもいいんだ。どうでもいいっつーか、嫌いなんだろうな」
『まだ、会ったばかりでしょう』
「ああ。でもオイラはわかった。……なあ、マタムネ。鬼はなんでオイラを殺そうとした?もしかしてあいつとなんか関係あるのか?」
鋭い。流石麻倉の跡継ぎというべきかやはりというべきか。 何も考えず、感情だけで動いてると見せかけて誰よりも深い所を見て思考する。
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