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陸の作った森に突然男が現れた。 まだ青年とは呼べない未発達の体を持った少年はいきなり自分の視界は変わったことに驚き、きょとんと呆ける。 けれど今の状況を理解したのか嬉しそうに笑みを浮かべ歩き出した。 美しい森を進み開けた場所へ出ると前方に庵があり、縁側で陸が不機嫌そうに顔を歪めて少年を見ていた。少年は陸を見つけて更に笑みを深くする。
「だいたい1000年ぶりかな。久しぶりだね、陸」
「確かに久しぶりだけどお前とそんな挨拶し合う程仲良くなった覚えはねえんだけど?」
さも心外だ、というように答えた陸がなんだかおかしくてくすくすと笑う少年。 それを見た陸は更に不快気に舌打ちをする。
「そういえば、僕の名前は覚えてる?1000年前だから忘れちゃった?」
「馬鹿にすんなよ、麻倉葉王」
「ごめんごめん。あと招いてくれてありがとう、っていうべきかな」
「別に招きたくて招いたわけじゃねえ。お前がここに来ようと色々画策してていい加減うっとうしくなったからだ」
「つれないなあ。僕に会いたかった、とか言ってくれればいいのに」
「マセガキ」
ハオが来てから始終不機嫌な顔をする陸をからかうのが楽しい。 前に会った時もこんな感じだったような気がする。なにやら色々なものが懐かしくて笑いっぱなしだ。
「……さっさと用件を言えよ」
先程からハオに笑われっぱなしで陸の機嫌は下がっていく一方だ。 葉と同じ10歳のくせに妙に大人びたハオに酷く苛立つ。
力のせいなのかどうか陸に興味は無いが、ハオはとにかく人間を憎む。シャーマンという同胞ですら利用し死のうが消えようがどうでもいいと思っている。
けれどハオは気づいていない。
ハオ自身同胞を大切に思っているのに気づかない。 陸はそんなハオを見て、いい加減にしろ、と怒鳴り付けてやりたくなる。思いに気づかず彼らを利用し死んだら傷つくのはハオだ。 けれどそれを気づかせるのは陸ではない。 舌打ちを隠しもせずに打って、ハオを睨み付けた。
「特にこれといった用はないよ」
「はあああ!?じゃあなんでここに来ようとしてんだよ!」
「ひとつ、聞きたいことがあってね」
「……なに」
「どうして君はここにいるの?」
陸は一瞬何を聞かれたかわからなかった。 皆が皆思う疑問だけれど、ハオは陸の魂の修復のためという理由を知っている。 何を今更と思っていたらハオは続ける。
「魂の修復の為、だったよね。ねえ、それはいつまで?」
「は……」
「確かに君の魂は特殊で修復に時間がかかるのはわかる。でももうかなりの時間が経ってる。君が力を精霊にあげて自然を取り戻してから文明が滅ぶのに数千年。滅んだ後に次の地盤に整えるのにまた数万年。そして次の文明、ようするに僕達がいる文明が今まで出来上がるのに何十億年と経ってる。いくら君の魂が特殊でもとっくの昔に修復を終えているはずだ」
「……それで?」
「でも君の魂は未だ欠けている。もうそれ以上の修復は望めない。ならさっさと外に出ればいいのに何故まだこんな所にいるんだい?」
──鋭い。
今まで気づかれぬようごまかして来たのに、バレたか。 陸の起きない理由も何もかも理解しているくせに意地悪く笑っているハオが心底憎らしいと思った。
「わかってるくせに。憎たらしい。そのうるさい口を閉じてやろうか」
「言霊で?」
「ホントに黙らせるぞ」
「ごめん。でも君の力は興味深いんだよ。僕等シャーマンのように持霊も媒介も使わず何かを出来るのは君くらいだから。君の言う《歌》だって言霊を組み上げて力を乗せて使う能力だ。君は真実、思いだけで何かを成せる」
陸の歌う歌は歌詞にこそ意味がある。 力のある言霊を選び、組み上げ、意思と陸の中にある力を乗せて発動する。 力は意図的に乗せるのではなく必要な分だけ勝手に引き出される。その為己の力の量を把握しないで強い歌を歌うと倒れたりするのだ。 陸がここにいることになった原因も同じ。ギリギリまで歌い続けたがために魂が崩れた。
「君の力は素晴らしい。だから、早い内に勧誘しておこうと思って。陸、君がここを出ない理由はわかってる。ここを出て、僕に付けば君の不安は全て解消されるよ。だから、僕と来い」
先程とはうって変わって真剣な顔つきで陸に手を差し出すハオ。
きっとあの手を取れば陸の不安は半分くらいは解消される。けれど陸が取りたいと思う手はハオの手ではない。
「断る。不愉快だ、《去れ》」
ハオの笑っていた顔が歪んだ。 陸の意図がわからなくて問い質す間もなく言霊によって追い出される。 ハオの姿が欠き消えると陸はため息をついて庵の中へ消えていった。
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